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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

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4 恋しけば







私は、本当に小さな世界にいたのだと思い知る。

小さな屋根裏での、小さな幸せ。
私に確固たる自我があっても羽ばたけるほどの自由はなく、
心を護るため、多くを諦めることにも慣れてきた。

それでも私は生きていると思っていた。
生きていると、信じていた。

漆黒の静寂に冷える夜。
部屋着のまま外に飛び出した身体に、冬の風が襲いくる。
まるで死神の鎌に遊ばれるかのような痛み。
けれどその痛みが私を急き立て、奮い起こす。
箒の柄をきつく握りしめ、スピードを上げて宵闇を翔けた。

「くっ!」

背後から迫る殺気。
咄嗟に進む方角をずらすと、すぐ傍を閃光が飛ぶ。
続けざまに、幾つもの閃光が私の身体を追い越していく。

私に出来ることは、あまりにも少なかった。
出来るのは箒の加速を止めないことと、閃光を避けること。
今まで杖を持てず、独学でしか魔法を知らない私には、己を救う剣が、
己を守る盾がない。
隠れる前に見つかった私に選べるのは、逃亡の選択肢のみ。
――生きることを選ぶ私の、選択肢。

白い息が背後へ流れる。
息さえ止められれば、宵闇に紛れられるのだろうか。
ちらり、と頭を掠める疑問に思わず苦笑する。
追手は“手馴れ”ていて、子供騙しは通用しないだろう。
何度目かの閃光を避け、私は歯を喰いしばった。

――生きていけると、願っていた。

それは自信とも過信とも呼べるような、思い込み。
何故ならば、私を消すというリスクはあまりにも大きいもので、
世間に知れ渡るスキャンダルとなる可能性があるからだ。
親が娘を消すというリスク。
娘を望まなくとも、旧家の名を背負う彼らは負えない。

――何を根拠に?

ああ、そうだ。
欠片も根拠のない、ただの甘えた考え。

闇の世界にいると知りながらも、安穏と暮らせるなどと。
闇の世界で隠されていると知り、誰かが分かっていると。
闇の世界を生きる彼らと知って、背負えないだろうなど。

彼らが本気で私を消そうとはしないだろうと。

“病弱”の娘がいつの間にか消えても、誰も疑問にしない。
私はそう気づいていたはずだというのに。
それでも冬の風以上に心が痛いのは、どうしてなのか。
幼い頃より、諦めることには慣れているというのに。

何故、私はこれほど弱いのだろう。
強くあれば、このような事態にならなかった。
強くなっていれば、弟たちも悲しそうな顔をしなかった。
もっと強い心を持っていれば、こんなに苦しくはなかった。

「――――――!」

洪水のように喉から溢れ出る叫び。
けれど言葉にならないそれは、虚しい無音の絶叫。
風に刻まれ、宵闇に呑まれ、声は届かない。


バチィ!!


遂に、背後からの閃光が箒に当たる。
箒が燃え砕け、私の身体は加速したまま宵闇の中へ弾け飛ぶ。
落下の衝撃はあったものの、あまり高度がなかったことと、
柔らかな雪の上へ落ちたことで酷い怪我はせずにすんだ。

「……う、く……」

何とか身を起こすと、箒から降りた追手が私を取り囲む。
黒いローブを身に纏い、顔を隠す仮面をつけた姿。
彼らと同じ、闇に従って生きる者たち。
追手は彼らに雇われたのか、もしくは彼らの同士なのか。
いや、私を消すという目的ならどちらでも変わらないことだ。

意志はあれど、力がない私。
ここで――終わる。



初めて認識したのは、過保護なクリーチャー。
お嬢様と呼び、ずっと世話をしてくれた優しい屋敷しもべ。

次に認識したのは、初めて姉と呼んでくれたシリウス。
素直な言葉と愛らしい笑顔、甘えてくれる弟。

シリウスが連れてきてくれた、小さなレギュラス。
一生懸命手を伸ばして、私とシリウスの手を掴む弟。


青みがかった黒い瞳――黒灰の長い髪。

「……!」

穏やかな眼差しと暖かな掌――私を呼んで包む低い声。
――甘く優しい音色で、姫君と。

……ああ、私は叫んでもいいのだろうか。
言葉にすらならなかった、あの虚しい絶叫でも。
私には遠すぎると分かっていても慕ってしまう名前を。

あの人に恋しけば――!

「――――――――――――――――――――――――ッ!!!」





「姫君」





暖かなショールに包まれ、大きな両の掌で髪を整えられ。
放心した瞳がぼんやりと動き、アルファードの瞳に重なる。
じわりと薄く潤みながら細まると、徐々に瞼が閉じていく。
とすんと、アルファードの胸に倒れる少女。
軽く受け止めたアルファードは、少女を腕に抱いて立ち上がる。

一瞬にして倒れたデス・イーターたち。
頷くアルファードの指示を受け、部下たちは迅速に片付けた。

少女を優しく見つめていたアルファードの表情はいつしか、
荒れ狂う激情を押さえ込んだ冷酷なものへ変貌していた。
瞳には暖かさの欠片もなく、映す全てを引き裂かんばかりだ。

アルファードは、足下にいるしもべ妖精を見下ろす。

「クリーチャー」
「はい」
「――限界だ。私の屋敷へ連れて行く」
「……はい」
「情報を欠片も漏らさぬよう徹底しろ、誰にも真実を許すな。
 特にあれらにはな。しばらくの間は気づかれぬように」
「はい。お嬢様を宜しくお願い致します」

意識のない少女を、今にも泣き出しそうな目で見やるしもべ妖精に、
アルファードは冷淡な声を少しだけ和らげる。

「ただし……弟君への配慮は任せる」
「……ありがとうございます」

しもべ妖精は一礼し、すぐさま屋敷へ戻った。

凍えて震える身体、血の気がなく青ざめた顔色に溜息をつく。
いつもの少女からは、とても考えられない哀れな姿。

恐怖で声が凍り、言葉を発することが出来なかった少女。
気絶する直前まで、アルファードにも気づかなかった少女。
瞳を潤ませながらも、涙を流さなかった少女。

小さく華奢なその身体を、気高くも暖かなその魂を。
抵抗さえ打ち消す絶望の闇が、悪戯に傷をつけた。

屋根裏に独り閉じ込められているありえない生活だとしても、
それだけならば少女は一番安全だったのだ。
外の世界に少女を狙う闇の者は、いないということなのだから。

けれどその安全は、遂に破られてしまった。
存在を忘れるよう閉じ込めた少女を、閉じ込めていた彼らが。
必死に愛を望み、諦めた少女の心を知りもせずに。

「――容赦はしない」

アルファードは傍に控えていた執事に言う。

「先に戻り、部屋の用意を」
「客間……ですか?」

咎めるような声。
アルファードは思わず目を瞬いて、執事を振り返る。
執事は溜息を我慢したような声色で言う。

「現在の姫様のご様子から推測致しますと、このままお1人で
 ご就寝して頂くのは、些かご不安になるかと思われますが……」
「……そうだな。では、私の部屋を整えてくれ」
「かしこまりました」

応えて消えた執事から、少女に目線を戻すアルファード。
かすかに濡れた睫毛にそっと唇を落とした。

彼女の絶叫が、今も彼の耳に残る。





END.

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