サー……
「ん?」
ふと顔を上げて机を離れる。
カラリと窓を開けると、澄んだ水の匂いが部屋の中に入ってきた。
(ああ、せっかくの日曜日なのになあ……)
午後も降るのかと憂鬱に思っている私の隣で、
何やらゴソゴソと動くものがいる。
まあ、何というか『いる』というか、『ある』というのか。
それは分からない。
もこもことした毛糸玉のてっぺんに小さなたれ耳と、
後ろの方に小さなしっぽがついている。
ちんまりした二つの目は何故かキラキラと輝いている。
「くもん…くもん!」
某塾の存在を思い出させるコレは、ソレの鳴き声である。
『可愛がって下さい』と書かれた紙がぺたっと貼り付けてある
ダンボールの中に、黒いシーツにくるまって捨てられていた
『ソレ』を拾ったのは、紛れもない私だ。
見て見ぬ振りをするつもりだった。
なのに、動物嫌いの両親から隠れて自分の部屋へ住まわせてるなんて、
何を血迷った事をしているんだろうか、数日前の私。
きっと、某チワワのCMを思い出したせいだ。
謎の未確認生命物体――。
またの名を宇宙人とでもいうのだろうか。
いつまでも『ソレ』扱いはさすがにないだろうと思い、
私は何となく『ソレ』を『もこ』と呼んでいる。
……自分の安直なネーミングセンスは分かっているつもりだ。
いや、別にその事はどうでもいいだろう。
話を戻そう。
その『もこ』が窓の外に興味を示している。
「……ねぇ」
「く?」
「あんたって雨、見たことないの?」
「……く、くもん……?」
『もこ』は体をくりっとひねる。
数日間この動作を何回か見てきたけれど、どうやら、
私たち人間の言葉に直すと『知らない』と言っているようだ。
どことなく首を傾げているような感じだし。
雨を知らないのか、宇宙人。
別にまだ宇宙人と認められた訳ではないけど。
というか、私がまだ信じられてないし。
「くも、くもん」
ぴょこぴょこ飛び跳ね、ぴこぴこしっぽを振る。
何回かって所は省略するけど、これは多分『教えてほしい』と
言ってるらしい。
(雨のことを教えろって……ねえ……?)
私は思わず考え込む。
神様が泣いているのだとか。
――どうして泣くの、涙って何って聞かれたら困る。
神様が地上に飴を上げてるのだとか。
――これも飴って何って聞かれて困るよね。
大地に恵みを与えているのだとか。
――恵みって以下略。
じゃあ普通に、天気のことを話して説明するの?
私のことをまだかまだかと見上げてくる、この未確認生命物体に?
その前に何で『もこ』が私に向かって色々と知らないことを
聞いてくるのかがよく分からない。
別に地球のことなんて関係ないだろうに。
何だか知りたがりの幼稚園児と、変わりない気がする。
「くもん!」
「あー……雨ってのはねー……」
せがまれて、雨を見ながら私はぼんやりと答える……が、
はっと我に返って顔をしかめた。
だから何で、繰り返すけれど未確認生命物体に親の心境に
ならなきゃいけないの。
「くぅ、くもん?」
「……雨は……」
「くもん」
「……雨、は……降るから降るの」
真面目に説明することを、結局私は投げ出してしまった。
真面目に考えようとしてた私は、一体何だったのだろうか。
可愛らしい見かけへの一瞬の気の迷いだ。
そうに違いない。
それでも『もこ』は納得したかのように、頭を下げて頷いた。
こんなのでいいのか、もこもこのキミは。
「く? ……くもん、くもん!」
また何か見つけたのか、ぴょこぴょこ飛び跳ね始めた。
どうしたのだろうかとつられて私も窓の外に目を向けると、
いつのまにか雨は止んでいて。
「……あ、虹。」
ああまた『もこ』の目がキラキラしてる。
これでまた、虹って何って聞かれるんだろうなあ……。
END.