※シリウス視点
姉上と初めて会ったのは、俺が3歳の頃。
その頃の俺は速く走ることが出来るようになったばかりで、
部屋や庭をちょろちょろと走り回ることが好きだった。
中でも俺の興味を引いていたのが、屋敷しもべ妖精。
幼い俺と一番目線が近い存在だったこともあるけれど、
瞬時に消えたり現れたり出来る奴らのことがすごく不思議で、
楽しいと感じていた。
ある日、俺は本を抱えた屋敷しもべ妖精を見つけた。
俺はそっと近づき、消える瞬間にしもべ妖精の背中に飛びついた。
――そして辿りついたのは、屋根裏部屋。
当時の俺は自分の家に屋根裏部屋があることを知らなかったし、
そんな場所に人が住んでいることも知らなかった。
ましてや、その人が姉ということさえ。
しもべ妖精が大慌てしている横で、俺は目を瞬いた。
驚いたように俺を見つめる、ソファに座った人。
とても長い灰色の髪は似てないけど、灰色の瞳は俺と同じ。
ことりと首を傾げて、その人は言う。
「……どなた?」
か細くて、柔らかい声。
母上の甲高い声色とは違う、優しい暖かな声。
何て言っていいか分からない俺を、しもべ妖精は悟ったのだろう。
一礼してから、俺たちの中間へと歩み出た。
「大変失礼しました、お嬢様。こちらはシリウス坊ちゃま。お嬢様と
1歳違いの弟君でございます。シリウス坊ちゃま、こちらは
シリウス坊ちゃまの姉君様でございます」
「ぼく、しらない……」
「……ご事情により、こちらのお部屋にて生活しておられます」
「――シリウス?」
ふいに呼ばれた名前に驚いて、その人を見上げる。
いつのまにかソファから降りていて、目の前に立っていた。
ゆっくりと伸ばされた手は、俺の頭を撫でた。
「わたくしの弟」
「……ねー、さま?」
「シリウス」
ひどく幸せそうに笑って頭を撫でてくれることが、嬉しくて。
俺は湧き起こった感情のまま、その人に抱きついた。
それから俺は、何度も何度も屋根裏部屋へ遊びに行った。
屋根裏部屋という言葉の響きは、秘密基地のように思えて、
俺は姉上と会っていることを誰にも話さなかった。
姉上と呼ぶと幸せそうに笑うから、特別なことだと思っていた。
行き来を手伝ってくれるしもべ妖精も、迎えてくれる姉上も、
俺の訪問には時折難しそうな顔をしていたけれど、当時の俺は姉上の
事情を知らずにいたからあまり気にしなかった。
もっともっと笑ってほしくて弟を連れて姉上の所に行ったら、
俺と会った時のように驚いていたけど、嬉しそうに笑ってくれた。
そんな時に、叔父上が来訪しにきた。
1人暮らしをしているらしく中々会える機会がないけれど、
俺の知らない話をたくさんしてくれる叔父上を俺は尊敬していた。
その日は両親と難しい話をしていたらしく、叔父上の顔は強張り、
すぐに帰ってしまった。
叔父上の話をしようと思って弟と姉上の所に遊びに行くと、
何故か叔父上が屋根裏部屋にいて驚いた。
それが両親だったなら、俺は秘密がバレたとむくれただろう。
けれど叔父上だからこそ、姉上に気づいてくれたことに安心した。
大好きな姉上と、尊敬する叔父上と、可愛い弟と。
俺は4人で一緒にいることが、何よりも楽しかった。
「にーしゃま、ねーしゃまのとこ、いこー」
3歳になったばかりのレギュラスが、楽しげに言う。
両親が部屋に入ってきたことなど知らず、言ってしまった。
その瞬間、青ざめて悲鳴を上げる母親と言葉を失う父親。
驚く俺たちを子供部屋に急いで戻すしもべ妖精たち。
半狂乱の母親が泣きながら怒りながら、姉などいないと繰り返す。
苦虫を噛んだような父親が、しもべ妖精を痛めつける。
俺は両親が怖くなり、弟は俺にしがみついて泣き出した。
しもべ妖精から事の顛末を聞いたのだろう。
その夜、叔父上が俺たちにこっそりと会いに来た。
そして俺は、叔父上から姉上の事情を聞かされた。
「どうして?おじうえ、なんで?だってあねうえは、わるくない。
あねうえ、なにもわるくないよ!?」
「そうだ、姫君は何も悪くはない」
「あいたい!ぼく、あねうえにあいたい!!」
「……これからは難しくなる。監視がついたようだ」
「いやだ!いやだあ……!!」
「シリウス……」
どうして姉上であることが許されないのか、分からなかった。
姉上と会うことすら許されないのが、分からなかった。
彼女は確かに俺の姉で、優しく愛しんでくれる人だ。
でも、俺が無理をすれば姉上の立場が悪くなることも知った。
レギュラスも泣いていたけれど、それを悟ったらしい。
そして、その日から――。
今までのように、俺たちは容易く姉上に会うことは出来なくなった。
END.