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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

恐るなどあらず


※7月ハリポタ夏祭り・第三弾『兎編』
※時間軸は本編の2~3のあいだ
※シリウス視点よりはあと

 


今の私を構成している、小さな小さな世界。
天窓がひとつある屋根裏部屋と、とても可愛い弟が2人。
世話をしてくれる優しいしもべ妖精。

私は世界を受け入れなくてはならなかった。
慣れて、呑み込んで、それ以上を望まないようにと。
与えられないのならば手を伸ばしても意味はないのだと。
それでも、それでも私は心を広げてしまった。
世界を超えて心が広がってしまえば、決して届かないものが
余計に色濃く見えてしまうだけだと知っていながら。


“かつての私”の目線から立場と状況を理解出来ていても、
“私”自身の幼さに思考が引きずられてしまう。
たやすく判別できない気持ちが生まれ、苛まれてしまう。


けれど抑えていた感情は、いともたやすく破裂してしまった。
私の世界である弟たちを引き離されてしまった衝撃で。


そして、飛び出していたのだ。
ただ衝動に任せて外界へ。
初めての外界は見るもの全てが懐かしく、新鮮で、無情だった。
小さなものに見向きもせず、大きな関心もなく。
だからこそ、私は在ることを許された。


外界へ飛び出した私の様子は、逃避のようにも思えるだろう。
けれどそれは違うのだ、逃避など無意味なのだ。
私は世界を受け入れなくてはならない。
存在を望まれずとも生かされて、生きているのだ。
慣れて、飲み込んで、諦めることを覚えなくてはならない。


こうして――私が私であるために。


 


 


「姫君」


漆黒の闇の中、瞬く光をひたすら見上げている私の肩に、
ふわりと優しくショールがかけられた。
思わず苦笑して、星空から視線をずらして新たな輝石を見つめる。
青みがかった黒い輝き、つややかであたたかな優しさ。
その眼差しに優るものはない。


「こんばんは、アルファード様」
「……姫君。夜風は体に良くない」
「今は夏ですもの」
「それでも」


私を愚かだと静かに窘め、私の心を広げてしまった人。
叔父様――アルファード・ブラック。
膝をついて私を覗き込む瞳には、物憂げな色が浮かんでいる。
屋根裏部屋を飛び出してしまう衝動はそれほど多くはないけれど、
いつだって私の身を気遣って手を取りに来てくれる。


けれど決して、衝動に心を委ねる私を咎めたりはしないのだ。


「アルファード様、アルファード様は海に行ったことはありますか?」
「海――何度かはあるが、長いこと足を向けてはいないな」


「夏といえば海だとシルが言っていたのですが、わたくしは海を
 見たことがありませんから、あまりぴんとこなくて」


“かつての私”は本物の海を見たり泳いだりしたことがあるため、
もちろんシリスウの言うことは頭では解っている。
しかし“私”は海を目にしたことはなく、言い切ることは出来ない。
屋根裏部屋で感じる四季は、天窓の向こうの星空のみ。


「……姫君、手を」
「はい」


戻る合図に私は頷いて、差し出された手を取った。
アルファード様に優しく包まれて屋根裏部屋へ戻り眠りにつく。
――そう、疑問なく思っていたのだけれど。


「……ここは……」


アルファード様の腕の中から解放されて顔を上げ、目を見開く。


耳慣れない、寄せては引く残響。
嗅ぎ慣れない、ほのかに甘辛い香り。
見慣れない、果てしのない水面。


月と星の輝きの下で揺らめく、静かな夜の海。


「アルファード様、何故……」
「姫君は海を見たかったのだろう?」


アルファード様は私を見下ろし、小さく笑う。


「はい……ありがとうございます!とても嬉しいですわ」
「明るい所なら、より美しく見えただろうが……恐ろしいか?」
「いいえ、そんなことはありません」


確かに目の前に広がる海は月の光しか弾かず、とても暗い。
まるで闇が溶けて波となり、風に揺らいでいるようだ。
けれど静寂の屋根裏部屋に住まう私には、揺らぐ闇も静かな波音も、
湿気を含む潮の風も、全てが鮮やかな光景に感じられる。


恐ろしいとは思わない。


「わたくしの隣には、アルファード様がいらっしゃるのですよ?
 でしたら、わたくしは何も恐れるものなどありません」
「……そうか」


私がただ恐れるものは、世界を奪われてしまうこと。


弟を引き離されて歪みが生まれてしまった世界で過ごすには、
時折、景色がくすんで見えてきてしまう。
景色の全てが霞んでしまいそうな衝動が強く襲ってきたとしても、
私は足掻くことが出来る。


そうして色のある世界へ引き戻してくれる――ただひとり。


ただひとりの、わたしが愛するひと。
私の世界になくてはならない、私の世界に足を踏み入れたひと。
海のように深い慈しみと、広く穏やかな優しさ。
静かで緩やかな微笑みに、雄大で落ちついた言葉。


きっとどれほど私の世界が色あせてしまったとしても、
失いもせず消えてもなくならない、鮮やかな鼓動を持つひと。


「アルフォード様、いつかまた、連れてきて下さいませ」
「姫君が望むならば」
「はい、約束です」
「ああ、約束だ」


 


 


END.

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