テラスに置いたイスに腰掛けて、ぼんやりと眺めている先には
夜空いっぱいに広がっている星明かり。
人工物の光がほとんどない場所にあるこの家のおかげで、
元の世界にいた時よりも星がとても綺麗に見える。
昔はちゃんと見上げたことはなかったけど、この世界に来てから
色々考えごとをしたり、天文学で星を見上げることが多かったから、
今では趣味の一つと言えるかもしれない。
星そのものは同じはずなのに、新鮮な気持ちになる。
七夕の時だって、初めてちゃんと見たと言っていいぐらい、
あんなに大きな天ノ川を見れたことには本当に感動したしね。
きらりと流れる光も、今はよく見える。
そんなことを考えながら視線で星をなぞっていた時に、
あたしは、そういえばとふと気がついた。
よくよく考えてみても、気がついたことは仕方ないことであって、
だからこそ自分の感情に納得がいく。
「そっかー……」
「どうしたんだ?
ハルカ」
後ろからかけられた声に、夜空から視線を後ろへ移す。
いつのまにかシリウスが立っていて、不思議そうな顔をしてる。
その手には湯気のたつ2つのマグカップ。
「シリウス」
「ほら」
手渡された片方のマグカップには、暖かいココアが入っている
多分ココアを用意してくれたのはリーマスなんだと思う。
ミルクも入ってるみたいだし……甘いのが苦手なシリウスだったら
さすがにミルクまで入れないでしょ。
「美味しい……ありがとう」
「あんまり外にいると風邪引くぞ」
「うん、もう少し」
あたしの返事が分かってたのか、シリウスも隣に座ってきた。
ふわりと香る苦味に、シリウスの方はコーヒーだと分かる。
「それで? さっき“そっか”って言ってたが……」
「ああ……。特に重要なことじゃないんだけど、あたしってあんまり
夏の星空を見てなかったんだなーって思って……」
シリウスは少し瞬く。
多分、あたしの言ってることの意味が分かってないんだと思う。
まあ急に言われたら、何のことだか分からなくて当たり前。
あたしだってさっき気がついたばっかりだもんね。
一口ココアを飲みながら、さっき気がついたことを話す。
「あたしが初めてジェームズたちと会ったのが10月で、冬でしょ?
リーマスと暮らしてる時は、夜空眺めるどころじゃなくて、
ホグワーツの入学だって9月からだし……夏の夜空を眺めることが
全然なかったんだなーと」
最初にこの世界に来た時は、10月の始め。
ジェームズたちに天文学の思い出を聞いたり星の見方を聞いたり、
あまり多くはないけど夜空を眺めたこともある。
リーマスと暮らした時は、そんな余裕がなかった。
毎月ごとにくる満月のために脱狼薬作ってたから……夜空見ても、
日時の計算ぐらいしか考えられてなかったし。
ホグワーツだって、過ごすのは夏以降。
見上げるのは秋から冬、春から夏にかけての夜空ばかりだった。
……最後の方は、忙しくてそれどころじゃなかったけどね。
だからこうして夏の夜空をゆっくり眺めてるっていうことが、
自分にとっては珍しくて、新鮮だったんだと理解した。
「そうだったのか」
「冬の夜空なら良く見てたんだけどね」
「……何でだ……?」
「空気が澄んでるから、いつもより良く見えるでしょ?」
「あ……ああ、なるほど」
――本当は冬の大三角だけが目的だなんて、言えない……。
大三角というより、ひとつの星だけ。
ちょっとした考えに恥ずかしくなりがらシリウスをちらりと
見てみれば、何故か酷くがっかりした表情をしてた。
……どうしたんだろう。
顔を覗きこめば、シリウスは何でもないと首を振った。
「ま、これからはゆっくり星を見れる時間も増えるだろ。
俺だってリーマスだって付き合うし、明日からは……ハリーも」
少し照れくさそうに言うシリウスに、大きく頷いた。
明日はいよいよ、プリペット通りにハリーを迎えに行ける日。
これから一緒に皆で暮らすことが出来る。
そして、その後にはシリウスの無実が世間に公表される。
ようやく新しい日々が来る。
それがとてつもなく嬉しい。
「なあ、
ハルカ……やっぱり俺も明日――」
「絶対に駄目」
「う」
シリウスが続けようとした言葉を遮る。
憮然とした表情に申し訳なくなるけど、これだけは絶対に駄目。
無実公表の前にアズカバン戻りになるようなことだけは、
絶対にさせたくない。
シリウスが自分でハリーを迎えに行きたいっていう気持ちは
すごく良く分かるんだけど、明日は何が何でもお留守番してもらう。
リーマスに黒いオーラを頼んででもお留守番してもらう。
「だけどな、
ハルカ、俺が行く方が」
「駄目。見つかったらどうなると思ってるの!」
「な、なら車にいれば……」
「駄目。絶対我慢できずに外に出るでしょ」
「それだったら――」
「絶対に、駄目! シリウスはお留守番をお願いします!」
きっぱりと断った時、視界の端できらりと光が翔ける。
思わずシリウスから目を離して夜空へと目を向けてみると、もう一度、
きらりと星が流れた。
「流れ星にお願いしたから、きっと叶うよね」
「な、それはずるくないか!?」
「ずるくありませーん。お留守番は決定なんです」
がっくりと肩を落とす姿に、あたしは小さく笑う。
こんな風に話せる日が来ることも、皆で暮らすことが出来ることも、
昔のあたしにとっては全然考えられなかったことなのに。
流れ星を見つけるよりも、難しいことだった。
だけど今は奇跡でも何でもない。
夜空に星があるように、きっと当たり前に続く日々。
END.