※7月ハリポタ夏祭り・第五弾『台風編』
※連載より時間軸は未来
ひっそりと薄暗く、狭い通路を足早に抜けていく。
通路を抜けた先でいったん立ち止まり、気配を探ってみる。
上の階に気配がひとつ。
気配が静かで動かないことから、寝ているのだと推測をつけた。
浅く頷いて、なるべく気配を絶つ。
杖を振って足音を消し、それでもなるべく静かにゆっくりと
階段を一段一段上がっていく。
ようやく上まで辿りついた所で、ドアをそっと開いた。
少し前まではドアを開くたびに埃っぽい匂いがしていた。
今は使う前に掃除をするようになったので、気にならなくなった。
窓は板きれを打ちつけられてしまっているから、魔法ありきだけど
空気も入れ替えているし、シーツとかも清潔にしているからね。
そのシーツが敷かれているベッドの上。
タオルケットを乱雑にかぶって丸まっている影がある。
近づいて顔を覗きこむ。
鳶色の髪の少年が、すうすうと微かな寝息をたてている。
しかし、とても穏やかな眠りだとは言えそうにない。
眠る顔は青白く、眉間にしわを寄せ辛そうな表情を浮かべている。
ぐったりと憔悴しきったような丸い体制は、寝相というよりも、
ベッドに倒れこんだままの体制のように見えた。
仕方ないと思いつつも小さくため息をついて、ベッドに腰かけ、
優しく撫でるように乱れた髪を整える。
まったく怪我をしていないことだけが安心どころだ。
「ん……」
小さく呻いて、反応を示す少年。
どうやら眠りはそれほど深くなかったらしい。
ぼんやりと開かれる視線は、しばらく虚空の彼方を眺めていたけど、
やがてゆっくり“こちら”へと視線を向けてきた。
「……セツリ……?」
「おはよう、リーマス」
そう声をかけてみるものの、覚醒しきってはいないらしく、
未だにぼんやりとした顔のまま頭を撫でる手を受け入れている。
疲れが大きくも眠りが浅かったせいか、普段よりも寝ぼけている。
しかし何度か瞬きを繰り返しているうちに、ようやく意識が
しっかりとしてきたのか、目が大きく見開いてきた。
「な、セツリ!?」
「こら、そんなに慌てて起きると――」
「……うわっ……!」
がばっとタオルケットを跳ねのけながら慌てて起き上がる身体が、
ふらりとよろけた。
落ちないように支えて座らせると、ほっと息をつく。
「な……何でセツリがここに……? 帰ったんじゃ……」
「リーマスは知らなかったのかな、私は夏もホグワーツにいるんだよ。
でも帰るとしても、リーマスがこんな状態じゃあ心配で心配で、遅れて
帰ることにするけどね」
笑って頭を撫でると、リーマスは顔を赤らめて俯いた。
――進級試験が終わって、これから夏休みに入るホグワーツ。
汽車で家に帰る日にちょうど満月が重なってしまったリーマスは、
帰る日程を遅らせて『叫びの館』に籠ることになってしまった。
時期が来るまで教師補佐として働いている私は、夏休みだからといえ
生徒たちのように何処かへ帰るということはない。
とはいえ、ホグワーツには校長やマダム・ポンフリーがいるから
特に何も心配ないんだけど、あえてそんな言い方をした。
「今、何時なの……?」
「お昼少し前ってところかな。食事はとる気力がないかと思って、
デザート持ってきたんだけど、これなら大丈夫かな」
「デザート?」
「ほら」
首を傾げるリーマスに、持っていた籠の中を見せた。
籠の中には、桃にメロン、スイカ、梨、パイナップル、夏みかん、
ぶどうにマスカット、あんず、キウイにさくらんぼ、マンゴーとか、
鮮やかで瑞々しいたくさんの夏が旬の果物が入っている。
……本当は桃だけ貰ってくるつもりで厨房に行ったんだけど、
あれもこれもと屋敷しもべたちが籠に入れまくっちゃったんだよね。
ありがたく貰ってきたけど、さすがに食べきれないと思う。
そしたら先生たちにおすそ分けに行くつもりなんだけど……でも
残ったりはしないかな。
「……ふふ、何だ。デザートなんて言うから、てっきりケーキとか
パフェとか持ってきてくれたのかと思っちゃったよ」
「あのねえ。そんなの持ってきても食べる気力ないでしょ」
「甘いものは別腹って言うんでしょ?」
「使い所が間違ってる。また今度作ってあげるから」
「うん」
いつもの調子が出てきたのか、リーマスがくすくす笑う。
でも体調が良くなったわけじゃないから、顔はまだ青白い。
身体にしても、だるそうにベッドに腰掛けたままだ。
「さ、どれから食べる?」
「どれにしようかなあ……それじゃあ――」
「僕はマンゴーで」
「じゃあ俺は桃」
「ぼ、僕、パイナップル」
言葉が遮られたことに、驚いてリーマスは振り向く。
ベッドの端に、とてもよく見慣れた顔がみっつ仲良く並んでいた。
「なっ……ジェームズ、シリウス、ピーターまで!?」
「やあ、おはようリーマス。……ずるいじゃないか、セツリ!
こんなに美味しそうな果物、リーマスと2人じめにするだなんて」
「来るのが遅かったら本当にそうしてたかもね?」
「……よく言うぜ。まさか寮部屋に置き去りにしたくせに……」
ぶつぶつと不満げな顔で文句を言うジェームズとシリウス。
私はそれに対して言葉を返そうとするけれど、それよりも先に
リーマスが問い詰める。
「3人とも何してるの? 昨日、家に帰ったんじゃないの?」
「お、驚かせてごめんね。でもリーマスが、その、こんな状況なのに、
1人置いて帰るのは嫌だなって思って……」
「だからセツリに、何とか手引きしてくれって頼んだんだよ」
見やってくるリーマスに、笑みをひとつ。
「それなのにセツリときたら、ホグワーツまで連れてきてくれた所まで
良かったのに、あろうことか寮部屋の中に放り出したんだよ?」
「おかげで誰にも見つからないように、あちこち隠れながらここまで
来るはめになったんだぜ? いらねえ労力使っちまった」
「誰もここまで連れてきてあげるとは言わなかったよ。それに、私が
連れてきた所を見られでもしたら大変だからね」
「俺たちが見つかる方が大変じゃねーか!」
尚も噛み付いてくるシリウスを適当にあしらってい私を尻目に、
リーマスはジェームズとピーターに促されて果物を選び始めていた。
「シリウスー、セツリに遊ばれてると果物なくなっちゃうぞ」
「ちょ、俺の分は残しとけよ!」
「たくさんあるから、大丈夫だと思うよ……?」
「一応これはセツリが僕のために持ってきてくれたんだけど?」
「そうなんだけどねえ」
ぽんぽんとリーマスの頭を撫でつつ、私も籠の中の果物へ手を伸ばす。
リーマスの表情は申し訳なさそうな色を残しつつ、目覚めた時より
断然に血色がよく、ひどく嬉しそうな表情をしている。
何より滋養になるものは、果物より大切な友人の存在ってことだね。
END.