――ぱちっ。
ふいにジェームズは目を覚ます。
起き上がって、夜が明けたばかりの窓の外を見やった。
反射的に右のベッドを振り向いて苦笑する。
低血圧で朝に弱いシリウスをベッドから叩き起こすのは、
だいたいがジェームズの役割だった。
ジェームズはさっさとベッドから降りると、ローブを羽織って
音を立てないよう静かに談話室に降りていく。
まだ朝が早いので誰もいないだろう。
――そう思っていたジェームズだったが、談話室の暖炉近くの
テーブルには教科書と羊皮紙の山。
それに埋もれるようにして女子生徒が一人、腕に頭を乗せて
気だるそうに寝ていた。
「……確かハリーの友達の、ハーマイオニーだったね?」
右手に羽根ペンを強く握ったままということは、
かなり早起きをしてここで宿題をしていたようだ。
その様子に顔をしかめながら、ジェームズは軽く体を揺する。
「ハーマイオニー、風邪を引いてしまうよ」
「……ん……。え……?や、やだっ、もうそんな時間なの!?」
そこまで深く寝入ってはいなかったらしく、ハーマイオニーは
何度か揺さぶられただけですぐに瞳を開けた。
すばやく覚醒してがばりと慌てて起き上がろうとする彼女に、
ジェームズは人差し指を立てる。
「しー。大丈夫……まだ日が昇ったばかりだよ。それにしても、
いつからここにいたんだい?」
「そ、そう。えっと――4時か5時だったかしら……?」
彼女の答えに、ジェームズは目を丸くした。
リリーも確かに勤勉ではあったが、これほどまでではなかった。
無意識に追い詰められていることが、彼女の表情で分かる。
「ハーマイオニー、あまり無理は」
「してないわ。大丈夫よ」
言葉を遮るようにして、ハーマイオニーは早口で切り返す。
ジェームズはそれを分かっていたので、もう一度言葉にした。
「無理は駄目だよ。それに“大丈夫”の使い方が間違ってる。
“大丈夫”っていう言葉は、自分や他人に言い聞かせるような
言葉じゃない。もちろん心配されるのが嫌だからって
使う言葉でもない。嘘偽りなく、体も心も心配ない時に
使う言葉だ――覚えておきなさい」
――いいね?
そう付け加えると、ぽかんとハーマイオニーが見上げてくる。
彼女へにっこりと笑いかけ、ジェームズは談話室を出た。
思わず子供に言い聞かせるようなことを言ってしまったと、
ジェームズは口に手を添える。
「やれやれ……何でこんなことを……ん?ああ……そうか。
出来なかったことだから、余計にしたいのかもしれないな」
息子のハリーに出来なかったこと。
成長する息子の悩みを訊くという家族として当たり前のこと。
それが出来ずにいたことに、未だ強い憧れがあったらしい。
こんな自分を見たら、リリーはおかしそうに笑うだろう。
ハリーとも早く話をしたい。
昨日と今日で会ったのは、まだたったの3人。
しかも、そのうち一人は気絶していた――気絶させた上に、
ジェームズと会ったことなど何も覚えていない。
「うーん……でも、あいつは何でここにいたんだ?あの子の
一件があったからしばらく大人しく“待て”してると
思ったんだけどなあ」
さり気なく犬扱いしながら、ジェームズは首を傾げる。
鏡で見てきたこともあり、今までの事態は聞かなくても
ジェームズはだいたい覚えている。
「ふむ」
しばらく校内を歩き回っていると、朝食の時間になる。
大広間へと向かう。
そこで同じく大広間へと向かう3人組と、ばったり会った。
ネクタイは緑と灰のスリザリンカラー。
そこをどけと言わんばかりに――実際言ってるのだろうが、
そんな風にじろりっと睨んでくる。
小生意気な銀髪の少年を見て、ジェームズはおやおやと思う。
ジェームズに限らったことではない。
だが、クラスメイトたちはスリザリンの生徒たちと下級生も
上級生もなく反発していても、彼にだけは極力近づかないよう、
関わらないようにしていた。
ルシウス・マルフォイは闇だったから。
雰囲気などはともかく顔だけは良く似ている。
もちろんこんなに幼い姿を見たことはないし、髪は長髪、
瞳は切れ長であり、冷酷な目とオーラを纏っていた。
「やあ、マルフォイ」
ジェームズが笑うと、不愉快そうに彼の眉が上がる。
確か名前はドラコ……だったか。
自慢の可愛い息子をよくもいびってくれるものだ。
――後で徹底的にからかってやろう、そうジェームズは決めた。
マルフォイがいぶかしんで何ごとかを言い返さないうちに、
さっさと大広間の中へ入りテーブルへとつく。
職員テーブルのダンブルドアと目線が合う。
ジェームズがにっこりと笑うと、にっこりと返ってきた。
「全てお見通しか……さすがだね」
紅茶に角砂糖をひとつ入れ、トーストを手にとってバターを塗る。
今のジェームズは、生きていた頃と同じように睡眠や食事を
取らなくても別に平気なのだが、ようは気分だ。
何十年ぶりかのホグワーツの食事の味は、何も変わる所がない。
「ああ、そうだ。一応へたれ犬には会ったし、今日は腹黒狼の所に
行ってみようかな♪後は陰険教師の所にでも行ってハリーへの
ねちねち攻撃を牽制しておきたいな」
この上なく楽しそうに、ジェームズは笑った。
ロンと今日の予定を話していて前を見てなくて、どんっ!と
大広間から出てくる誰かにぶつかってよろける。
だけどぶつかった人が僕をさっと抱き締めるようにして
支えてくれたおかげで、僕は転ぶこともなかった
「っと!……ご、ごめん……!」
謝りながら見上げる。
真っ直ぐな茶髪に青色の瞳に眼鏡をかけた、クラスメイト。
慌てている僕に、くすりと笑みを零しながら彼は首を振った。
「気にしないで、僕は平気だから。……僕よりもハリーは
大丈夫かい?」
「あ、うん、僕は大丈夫」
僕がそう言うと、彼はにっこりと笑って大広間を出て行った。
先にテーブルに座ってたロンの隣に座りながら、
彼の名前は何だったか思い出そうとした。
NEXT.