ランプの明かりだけが灯る暗い通路。
グリフィンドール塔へ、のんびりと慣れた足取りで歩くのは
ジェームズただ一人。
先ほどから壁にという壁にベタベタと貼られている、
狂ったように笑い続けている男の張り紙に眉を寄せながら。
――ジェームズとリリーは下界を窺える貰い物の鏡で、
いつもいつも心に留める彼らの様子を見てきた。
無実を被ってしまった友人、一人にさせてしまった友人。
未だ自分を憎んでいる友人、死んだと思われている友人。
そして――残してしまった息子。
リリーと共に13年間、ずっと見守ってきた。
過去のことを思い出し、ジェームズは目を細めた。
ヴォルデモートと対決したあの時。
本当は彼女と息子だけでも守れれば良かった。
けれど、自分は守ることが出来なかった。
息子のハリーに、大きく辛い運命を背負わせてしまった。
ホグワーツという道を見つけるまで孤独だったというのに、
自分にはいつどんな時でも隣にはずっとリリーがいた。
だからなのだろうか――リリーが倒れてからひどく、
ジェームズは周囲が薄ら寒く感じられた。
「ここは君と出合った場所なのにね、リリー」
ふと、駆ける足音が聞こえた気がしてジェームズは振り向く。
教師の見回りにしては、それはとてもおかしい。
聞こえてきたのは、夜に出歩くことが慣れているような、
音を立てないような足音。
教師ならば、足音を消すような真似はしない。
ジェームズが聞いただけで気づけたのは、言うまでもなく
自分も出来るからだ。
足音はどうやら、こちらに向かって走ってきているようだった。
数秒だけ何ごとかを考えたジェームズが横の壁に手をつくと、
ガコン!と壁がスライドしていく。
そしてそこに、大人一人が通れるくらいの穴が開く。
ジェームズはまったく迷わず中にささっと入った。
彼が学生時代の時に見つけた、寮に通じている隠し通路である。
静かに息を潜めて、じっと耳を澄ます。
そうしていると、だんだんおかしな足音が近づいてくる。
近づいてくる。
近づいてくる。
近づいてくる。
どごげしょがんっ!
「……っ……!!!」
隠し通路を助走し、勢いをつけて飛び出したジェームズに
思いっきり飛び蹴りされた男は、悲鳴もなく撃沈した。
どうやら、倒れた時に床へ頭をぶつけたらしく気絶している。
華麗に着地したジェームズは振り返り、男の足を掴んで、
ずりずりと隠し通路の中にいれて扉を閉めた。
ぽう、と手の平に明かりを灯して男の顔を照らし上げる。
ぼさぼさの黒髪に、げっそりと痩せた顔。
学生時代の面影は皆無に等しい。
「――シリウス」
物悲しそうな表情で、そっと彼の顔に触れるジェームズ。
両手で頬をぐにーっと横に引っ張った。
痩せこけていたために、つまめる面積はあまりなかったのだが。
「……まったく、何をやっているんだい?この馬鹿犬め。
隠し通路を使えば、もう校舎の外だっていうのに……
そんなことも忘れたのかい?情けないなあ……ほんっとに
へたれな所は変わってないんだね、パッドフット?」
ジェームズはそれだけ言うと頬から手を離す。
はーっと重々しく息を吐いた。
ぽんぽん、と意識のないシリウスの頭を軽く撫ぜる。
「……今は無理だけど、また今度ちゃんと会おうじゃないか、
シリウス?その時はリーマスも、嫌がるだろうけどセブルスも、
もちろんハリーも……そしてあいつも一緒にね」
くすくす。
ジェームズは笑いながら、手にした光を消す。
パチンと指を鳴らすと、シリウスの姿がフッと掻き消える。
今頃は、シリウスが寝床にしているであろう学生時代に見つけた
禁断の森にある洞穴にいるはずだ。
シリウスは自力で学校から抜け出し、そこに戻ったのだと
記憶も軽く変えてある。
「……本当はあんまり使わない方がいいんだけどね。
一種の忘却術って所かな?」
何せ“ジェームズ・ポッター”を見られたら世間が大騒ぎだ。
彼らにだけは、自分のことを伝えたいとは思うが。
「でも、どうせこの姿だったらバレないと思うけどね」
ちなみに今のジェームズの姿は、いつもの大人の姿ではない。
くしゃくしゃの黒髪はさらりとした茶髪に変わっていて、
ハシバミ色の瞳は深い青、背丈は13歳の頃よりもやや小さめで、
懐かしいグリフィンドールの制服を着こんでいる。
ずっとかけていた眼鏡だけは、そのままだ。
変身魔法ではなく、今のジェームズが持つ力で姿を変えたため、
出そうと思えば羽根を出すことも出来る。
ジェームズは隠し通路の中に存在している、もう一つの
隠し通路を歩き出した。
そして、しばらくすると壁に突き当たる。
杖で軽くコンコンと叩いて、呪文を唱えた。
「我はプロングスなり。悪戯の扉よ 開きたまえ」
ガコン!
扉が開くそこは、埃一つない5人部屋だった。
ジェームズは思わず窓際のベッドへと駆け寄っていき、
ぼすんと勢いよく座って部屋を眺め回す。
ジェームズから見て右にあるベッドは低血圧のシリウスが、
左のベッドはお菓子を大量に持ち込むリーマスが使っていて。
リーマスの隣のベッドはレポートに埋もれるピーターが、
そしてシリウスの隣のベッドは、悪戯道具の置き場となっていた。
ここは、ジェームズ達が学生時代の時に使っていた部屋。
手の平にロケットペンダントを出現させて開く。
ロケットにはリリーの写真と、まだ赤ん坊のハリーの写真。
しばらくジェームズは写真を眺め、ベッドに横になった。
明日からはリリーが眠ってしまった原因の歪みを
見つけなければならない。
けれど、今は込み上げてくる懐かしさの余韻に浸りたい。
「……ごめん、リリー。少しだけ……」
ジェームズはぽつりと呟く。
学生時代の盲目だった自分ならば、それこそ一心不乱になって
彼女のため動いていたのだろう。
それでもこうしてしまうのは――多分、無意識に分かっているのだ。
原因を解決する時は、おのずとそちらからやってくるのだと。
何せ、ここはあの方の世界なのだから。
NEXT.