夜も更けた頃だった。
ホグワーツ魔法魔術学校校長であるアルバス・ダンブルドアは、
一日の疲れを取るようにゆっくりとソファに身を沈める。
しかし残るは、これからの対策やら、ディメンターの件やら――
問題ごとはまだまだ山積みだった。
“誰か”からハリーに贈られたファイアボルトについては
何も心配はないと思っていたし、この間のクィディッチでは
“彼”がいつものようにさりげなく何とかしてくれたらしく、
素晴らしい活躍を見せてくれた。
見過ごすには、あまりに頂けない悪戯があったものの。
肩の力を抜いて、ふうっと息をつく。
陰鬱な気分を変えようと、杖を振ってココアを出現させた。
湯気が立ち、濃く甘い香りがふわりと部屋に漂う。
ダンブルドアはいそいそと、熱いココアを口に運んだ。
「僕にもくれないか、ダンブルドア☆」
「おお、もちろん良いぞ☆」
語尾に怪しげな記号を付け合いながらもう一度杖を振り、
テーブルの上に暖かいココアを出現させた。
ジェームズもにこにこ笑いながら、それを受け取って飲む。
「いやあ、まさかまたダンブルドアのココアをこうして
飲めるとは、まったく思ってなかったなあ」
「わしもじゃよジェームごふーぅッ!」
「あっはっは☆何してるんだいダンブルドア。汚いだろう!」
ダンブルドアは和やかにジェームズに返答しようとして、
口に含んだココアを思いっきり吹き出した。
もちろん、ジェームズはそれを軽く避けてずぶ濡れを防いだ。
その代わりにソファは、茶色の染みがぐっしょりついたが。
「悪霊退散!!」
「久しぶりに会ったのに、いきなりそれかい?」
ちょっとだけ傷ついたような顔をしてみせながら、
ジェームズは目の前に突きつけられた杖先を脇へどかした。
しばらくして、ダンブルドアはゆっくりと肩から力を抜いた。
「まっこと信じられんが……その悪ふざけはまさしく、
ジェームズ本人じゃのう」
「いやあ、それほどでもないよ!!」
「褒めておらんわ。老人の心臓を止めるつもりか?」
「あーんな悪戯で止まるようなヤワな心臓してないだろう?
世界最高の魔法使い、アルバス・ダンブルドアは」
「ホッホッホッホッホッ」
「あっはっはっはっはっ」
――沈黙。
話が進まないので、仕方なくダンブルドアが折れた。
「……それで?どうしていきなり化けて出たのじゃ?」
「だから別に化けたんじゃないって。……まあね、そりゃあ
こっちでは僕は死んだことになってるけどさ……」
肩を竦めるジェームズ。
軽々しい台詞に、ダンブルドアは訝しげな目線を送る。
ジェームズはニヤリと、学生時代に浮かべていたものと
同じような悪戯な笑みを浮かべてみせた。
そして、ダンブルドアにさらっと言ってのける。
「どうせ知ってるんだろう?時空の海のことくらい、
ダンブルドアは」
沈黙というよりも、寂静が流れた。
その空間を作った原因のジェームズはただ何も言わず、
静かにココアを飲んでいる。
はあ……と、ダンブルドアが深く深く溜息をついた。
「あのお方が関わっておるのじゃな……」
「うーん。確かにここに来ることが出来たのは、ケイ様の
おかげではあるんだけど……その原因は違うかも」
目を見開いたダンブルドアは、驚いたように聞き返す。
「ジェームズ……“ケイ様”とはまさか……」
自分が未だこの世界に存在していた時には、ほとんど
見たことがない偉大なる魔法使いの驚きよう。
何となくおかしさが込み上げてくる。
それを自制したためなのか、ジェームズの顔に浮かんだのは
苦笑に似たような表情になってしまった。
だが、彼には話さなくてはならない。
他にも真実を知る者はいるにはいるが、校内では彼一人のみ。
彼以外の協力者を、ジェームズは探すつもりがなかった。
何せジェームズが目的を果たすためにはホグワーツに
いなければならず、遂行するには何としてもダンブルドアの
協力を得るしかないのだ。
「そのまさかだよ、ダンブルドア。僕とリリーは彼の元で
仕事をしてるんだ。ちょっと頼まれごとをされてね、
それからずっと。……だけどこの間、リリーが倒れて……
眠り続けてしまっている状態なんだ」
「なんと、リリーが……!?」
ジェームズはきり、と奥歯を噛み締める。
そして重々しく、自分が何故ここに来たのかも話した。
「……うん。どうやらこの世界に生じたゆがみが原因みたいで、
自ら僕が出向いたんだよ――そのゆがみを直すためにね。
僕のリリーを倒れさせた罪は果てしなく重いよ」
くくくっ、と笑うとダンブルドアがいささか引いていく。
気のせいだとジェームズはきっぱりと思った。
それで全てを理解した、ダンブルドアもダンブルドアだが。
「それで?わしは何を手助けすればいいのじゃろう?」
「……話が早くて本当に助かるよ、ダンブルドア。寮の部屋を
用意してもらえるかな?もちろん、誰も混乱しないように
やんわりと魔法をかけておくから安心していいよ」
ジェームズは空になったカップをことん、とテーブルに置いた。
ダンブルドアはひとつ頷く。
そして、先ほどとは打って変わって静かに微笑んだ。
「3学年でよいの?部屋は……ふむ、グリフィンドール塔で、
一番景色が良い5人部屋がひとつだけ空いておったはずじゃな。
こんな時じゃ、個室は我慢してもらわねばのう……。そう、
隣の部屋はハリーたちの5人部屋じゃったか。彼らと会ったら
ちゃんと仲良くするのじゃよ」
フォークスを撫でていたジェームズは、驚いて振り返る。
ぶつかるのは、ダンブルドアのアイスブルーの瞳。
どこか子供に接するような色がある。
複雑そうな微笑みで、ジェームズは笑い返した。
気を使っていたのは。
自分か、ダンブルドアか。
「……ありがとう、ダンブルドア」
NEXT.