「れーぎう」
『その調子ですよ』
「……れぎ、う、らすっ」
『ああ、近くなってきたましたね』
ひととおりの調合や実験を終えたセブルスがリビングのドアを開く。
すると、愛らしい声とともに微笑ましい会話が聞こえてきて
セブルスは眉をひそめる。
奥を覗いてみると、すり抜けないよう器用にソファへと腰掛けて
ほわほわと笑うレギュラス。
そしてその横に、難しい顔をしたハリーがいた。
――レギュラス・ブラック。
ホグワーツにいた頃にセブルスを慕っていた後輩であり、
またその後もしばらく “後輩” だった青年である。
とある事件がきっかけで離脱し、行方知れずとなった。
しかしつい先日、今の姿になった青年は、小さなハリーに連れられて
セブルスの前に現れた。
一体何があったのか。
セブルスは青年に何も問いかけはしなかった。
問えば、青年は答えるだろう。
けれどその答えを必要としているのはセブルスではない。
そのことを、セブルスも青年も互いに理解していた。
訊いたのはただ一言、知らせるか、ということ。
青年はそれに対して静かに首を横に振った。
セブルスにしてみれば、今の青年の方が好ましく思える。
後輩であった時のように暗く冷めた表情をしているよりも、
今のように心穏やかに笑っている方が歳相応なのだ。
だからこそセブルスは、青年を家に招いた。
そして、ハリーの傍にいることを許したのだ。
静かにキッチンに移動したセブルスは、紅茶を淹れた2つの
ティーカップと、ホットミルクを淹れたマグカップをトレーに乗せて
リビングへと戻る。
そこでようやくセブルスに気がついたレギュラスは、自分の前に
置かれたティーカップに思わず目を瞬かせる。
そしてセブルスをゆっくりと見上げ、小さく苦笑した。
『気を使わなくていいんですよ? 先輩』
「そんなつもりはない」
『そうですか……』
レギュラスは照れくさそうに目を細めた。
「れ、ぎ?」
『もうちょっとですよ、ハリー』
「……先ほどから何をしているのだ?」
『ふふ』
首を傾げて怪訝そうに問いかけるセブルス。
レギュラスは、少しくすぐったそうな笑みを浮かべた。
『僕の名前を呼ぼうとしてくれているのですが……どうやら
ハリーには、 “ギュ” の発音が難しいらしくて』
「いえるもん! れ、れぎぅらす!」
レギュラスの言葉を聞いたハリーはむっと顔をしかめ、
大きく手を上げてレギュラスの名前を叫ぶ。
やはり “ギュ” は上手く言えていなかった。
『……このように』
「なるほどな」
そういえば、とセブルスは考える。
ハリーは特に話すのが苦手というわけでもないのだが、
レギュラスのような発音を持つものは身近にはない。
もちろんセブルスが調合などに使用するような薬草や魔法薬であれば
話はまた別ではあるものの、知識がないため思わぬ危険があるかも
しれないと、実験室にいる間は絶対にハリーを近づけさせていない。
その点ではこうしてレギュラスがいれば、ハリーはセブルスが
実験室にいる間一人にならないので安心も出来た。
『ハリー、僕のことは “レ” でも “ギ” でも “ユ” でも“ラ” でも
“ス” でも、何だっていいんですよ?』
「……いや……さすがにそれはないだろう……」
真面目に言うレギュラスに、セブルスは溜息をつく。
『ああ、先輩は何と呼ばれていたんですか? ちゃんと最初から
“父様” とハリーに呼ばれていたんですか?』
すると、セブルスは急に目線を逸らしてティーカップで気まずげに
口元を隠す。
レギュラスがきょとんとしていると――。
「とうさまはね、さいしょ、ぱぱってゆってた!」
『……パパですか』
「うん!」
『……パパですか』
「繰り返すな。」
それからしばらく、ハリーはレギュラスの名前を言おうと
頑張っていたのだが失敗続き。
レギュラスとセブルスに宥められたハリーは渋々ながらも
今回は諦め、 “にいさま” と呼ぶことにした。
NEXT.