「……?」
セブルスは、ふと違和感を感じて本から意識を戻す。
違和感の正体に気づけず、何となく時計の針を見やった。
時刻は午後3時を過ぎてしばらく経っている。
それで、違和感の正体は掴めた。
――静かだったのだ。
眉をひそめたセブルスは本を閉じて本棚にしまうと、
部屋を出てリビングへと向かう。
リビングのドアを開けて、セブルスは溜息をつく。
テーブルの上には形を保ったままのケーキが置いてある。
傍のソファに放置されている絵本は、開いたままだ。
最近よく見かける光景になってはいるものの、もう一度セブルスは
溜息をついた。
リビングを抜けて早足で玄関へと向かう。
外に出てみると、庭の片隅で泥にまみれた3~4歳ほどの子供がいた。
頭痛がしてくる米神に手を当てつつ、セブルスは肩を落とす。
あれほどべったりと泥がついてしまっていては、汚れを落とすのにも
苦労するだろう。
本来なら、杖を振れば泥くらいの汚れなど楽に落とせるのだが、
何でも魔法を頼り驕るような育ち方をしてほしくはなかった。
なので、家事のほとんどはマグル式である。
泥だらけの子供は満足そうな笑顔を浮かべながら庭からよたよたと
歩いてくるが、ようやく玄関の前で腕を組んで憮然とした顔で立つ
セブルスに気づいたらしい。
セブルスと目が合い、びくりと肩を揺らした。
「あうっ!」
「――何か言うことは?」
「ふえ、あう……ご、ごめ、なさ……」
「それは何に対しての謝罪だ?」
「ふええ……」
うるうるとした目をして見上げてくる子供ではあるが、我慢して涙を
零さない所が、セブルスを感心させる。
「……何をしていた?」
「ちょう、ちょ」
「蝶?」
「……みどりの……」
子供はずっと小脇に抱えていたらしい網かごを、そっとセブルスへと
差し出す。
季節は厳しかった冬からだんだんと春に変わっている時期であり、
いささか蝶が外を飛ぶような陽気には早い。
セブルスはしゃがみ、子供から網かごを受け取る。
そして隙間から中を覗き、目を見開いた。
「この蝶――まさか、リフィーア?」
リフィーアとは、アゲハによく似た蝶である。
冬の時期に姿を現す蝶であるが、魔法界では特に珍しくはない。
しかし、その羽根は魔法薬のポピュラーな材料でもある。
「ちょうちょ、たりないって、こないだ……」
「ああ、そうか……」
そういえば、数日前にそんなことをぼやいた気がする。
ということは、子供は自分でも忘れていたことを覚えていて、
おやつも食べずに蝶々を追いかけて泥だらけになったのか。
これではおやつの時間になったことを告げずに、勝手に1人で
外に出て行ってしまったことを怒れやしない。
「ふく、よごして、ごめんなさい……」
「……もういい、怒っていない」
「ふええっ……ごめ、なさい……!」
ついに泣き出してしまった子供に、セブルスは目を細める。
今日だけは特別だと、杖を振って綺麗に泥を落としてやると、
さっと抱き上げて網かごを持たせてやる。
「……とうさま……?」
「どうした、ケーキはいらないのか?」
「た、たべるっ」
「そうか」
慌てて答えた子供に、セブルスはくすりと微笑む。
「次からは外に出る時は言え、ハリー」
「はあい!」
NEXT.