※過去編
「うわ、こっちくるんじゃねえ! バケモノ!!」
「あかいめのバケモノっ、これでもくらえーっ!!」
「あっちいってよ! きもちわるいバケモノのくせにっ!!」
「みんなーっ! こんなバケモノにちかづくんじゃないぞ!!
バケモノにころされるぞ!」
四方八方から浴びせられる子供じみた罵声。
散々投げつけられる、石ころや虫のたぐい。
教師が見ても、他の大人が見ても。
誰も助けようとはしない。
だってあたしは、バケモノだから。
自分でも分かってるから、逃げもしないし隠れもしない。
あたしはただ黙って、その言葉や行為を受け入れる。
「あおいねぇを、いじめるなぁ!!」
「バケモノはてめえらだ! こんなきたねぇことしやがって!!」
「あおいおねえちゃんは、にんげんなんだもん!!」
「おれたちのじまんのねーちゃんにきまってんだろーっ!!
バケモノなんかじゃないやいっ!!」
いつのまに駆けつけてきたのか。
夕菜と亮一を先頭に、数人の妹や弟たちが加勢しにきた。
加勢と言っても、ただ自分の周りをかこんで反論してるだけ。
それでも驚いた。
本当はこんなことに、関わってほしくなかったけど。
それでもどうしようもなく嬉しかった。
「葵ちゃん、皆も!! ああ、ああ……大変。こんなにボロボロに
なって……早く手当てしましょうね……!」
どうやって、あの場が治まったのかは覚えてない。
気がついた時には、あたしは皆と一緒に家に帰ってきてて。
出迎えてくれた院長先生が優しく暖かく、抱き締めてくれてた。
うん、分かってるよ。
院長先生が抱いてるのは “同情” じゃない。
純粋に家族を “心配” してるんだよね。
痛いほど、分かるんだよ。
「心配かけてごめんなさい。ただいま、院長先生」
だから、こうやって笑える。
あたしはまだこうして笑えてる。
この 『家』 は孤児院で、ここにいる皆は血が繋がってない。
唯一、血の繋がりがあるのはあたしと夕菜だけ。
だけど亮一や他の皆はあたしを 『姉』 と呼んでくれる。
本当の姉であるかのように慕ってくれる。
院長先生も、まるで自分の娘のように可愛がってくれてる。
手当てが終わると、ずっと傍を離れない弟妹たちを見下ろした。
全員が不安そうな泣きそうな表情をしてる。
ふと、自然に顔が緩んだ。
「みんな、助けてくれてありがとね」
笑いかけるとようやく安心して笑顔を浮かべた。
でもただ一人だけ、まだ泣きそうにしてる。
「夕菜?」
「ひっく……うえっ……葵、ねぇの、めは……きれいだもん!
きれいなんだもん……うえええーんっ……!!」
「夕菜……」
声をかけると、抱きついて本当に泣き出してしまった。
それを見た皆も、何故か我先にと抱きついてくる。
赤というより紅。
それがあたしの瞳の色。
妹の夕菜はちゃんとした黒い色をしてる。
なのに、あたしの瞳は何故か血のような紅の色、それがバケモノと
言われている原因。
「そーだそーだ、ゆーなのいうとおりだ! あいつらこそ、ぜったいめが
おかしいんだ!! ねえちゃんのめは、すっごくきれいじゃんかっ!!」
「きらきらしてるの。あすか、おねえちゃんのめ、だいすき」
「あさひのいろですっごくきれいよね」
「ちがうよー、それをいうなら、ゆうひのいろだろー?」
あたしがずっとこの目を嫌いになれないのは皆が 『綺麗』 だと、
『好き』 だと言ってくれるから。
それが何よりも嫌いになれない原因。
「私も葵ちゃんの瞳が好きよ」
「ありがと……夕菜、亮一、皆、院長先生……」
でも、これは決めてたこと。
「葵ちゃん!? 何を……っ!!」
「あおいねぇ!?」
「ちょ、ねーちゃん!!」
何となく背中の中ほどまで伸ばしていた、くせっ毛のある黒髪。
ぐいっと掴んで包帯を切るために使ったハサミで、それはもういっそ
気持ち良いくらいにざっくりと切った。
おかげで毛先がバラバラ。
床の上に散らばる髪。
でも、何だか、すっきりとした。
「……次にいじめられた時は……こうするんだって決めてたんだ」
あたしは机にハサミを置いてきっぱりと言った。
そして院長先生を見て、はっきり宣言する。
「あたし、今日から男として生活するよ、院長先生」
「……葵ちゃん……どうして?」
呆然としていた院長先生。
だけどすばやく我に返って、そう訊いてくる。
あたしは深呼吸してから、真っ直ぐ先生の目を見て答えた。
「あんないじめに、そう負けないくらい強くなりたいからです、
院長先生。喧嘩とか……そういうのじゃない、心の強さがほしい。
誰にもなめられないくらいの、自信と強さがほしい。二度と夕菜たちを
泣かせないためにも……今日から男として生活します。確かに体とか
心とかは無理かもしれないけど、性格とか言葉遣いとか服とか変える。
間違ってるって、自己満足って分かってるけど……でもそうしないと……
俺の気が、晴れない。俺はいつまでも変われないんだ」
一人称を 『あたし』 から 『俺』 に変える。
院長先生はやっぱり酷く戸惑っていた。
だけど最後には、俺の目を見てから深く頷いてくれた。
俺が本気で本気の時は、院長先生はすぐ分かってくれるから。
くるっと、俺は皆を振り返って笑って言った。
「これから高橋葵を……俺を “兄さん” って呼んでくれな」
皆も戸惑ってたけど、俺の笑顔に頷いてくれた。
それに俺もにっこりと微笑みを返した。
「そうと決まったら俺は着替てくっかな。スカートだと変だしな。
皆は勉強の時間だろ? ほら、俺も後で行くから!」
俺に促されて院長室から出て行く皆。
でも、最後に夕菜と亮一が残った。
「あたしは、いやだ。 “あおいねぇ” ってよんでたい……」
「おれも。 “あおいねーちゃん” がいい」
俯き加減に言う二人だけど、声はしっかりしている。
俺もこの二人の本気の本気は分かるつもりだ。
何せ……大切な妹と弟だ。
「そうだな……うん、別にいいよ。夕菜と亮一が俺をそう呼びたいなら、
二人はそれでいいのかもな」
「「……うん!」」
これが俺への新しい踏み出し。
これが俺にと変わるきっかけ。
もう、泣かせない。
END.