―覚醒―
「レイ! 何か答えなさいよ!!」
黙り込んでしまったレイに叫ぶリオナ。
しかしそれを抑えていたガウリスが、等のレイが三人の方を
見ていないことに気づく。
何をと思い、さっと彼の視線を追うと汗をびっしょりかいて
木の幹にすがりついていたルイの姿に驚く。
無茶をしてでも、レイを求めてここまで来てしまったのだろう。
ガウリスの様子に、ルヴィリオもルイに気づいて眉を寄せる。
「……私は、この混乱を早く終わらせるためにも……
すぐにカタートに行かなければ――」
ドォォオオン!!
レイが静かに言いかけた時、すぐ近くで爆音が上がる。
はっと振り返れば、ブラス・デーモンの群れが、ギラギラと
こちらに目を光らせて低く唸っている。
ちっとガウリスが舌打ちした。
「ったく! こんな時に!!」
「邪魔なのよ、あんたら雑魚!! ガーヴ・フレアッ!!」
リオナが苛立ちをぶつけるように叫ぶ。
すぐさま呪文を詠唱して、魔法を発動させる。
チュドォォン!!
群れの中に打ち込まれる光線。
しかし力を付けているのか、一撃では倒されずに咆哮を上げる。
眉間にしわを寄せたレイがスッと、手をかざす。
びくり、とルイは震えた。
目を見開いて兄の姿を瞳に映す。
「――邪魔をしないで下さい」
カタートに行かなければ。
この戦争を終わらせるため。
人々の幸せな世を壊されぬため。
仲間を、ルイを守るために。
私は何としてもカタートに。
そのためならば……!
「黄昏よりも昏き――」
ドクンッ!
「っ!?」
レイは脈打つ鼓動に息をつめる。
思わず呪文詠唱を断ち切って胸に手を当てた。
高鳴る燃えるような鼓動が響いて止まない。
強く強く、脈を打つ。
ここにいるのが自分自身ではないような感覚が起きる。
唐突な意識に、レイはくらりと眩暈さえ起こった。
咆哮を上げて迫りくるブラス・デーモンに、レイはギリッと
奥歯を強く噛み締めた。
「黄昏よりも昏き者 血の流れより紅き者――
時の流れに――」
ドクンッ!
「っ……埋もれし 偉大なる汝の名において――」
ドクンッ!
「……っ我 ここに闇に誓わん 我らが」
ドクンッ!
「前に――立ち……塞がりし 全ての」
ドクンッ!
身が引き裂かれるような痛みが身体を襲いきて、
ルイは胸を押さえてしゃがみこむ。
痛い、痛い、痛い。
「あ……ああっ……あ……ぐぅ、っ!」
レイが詠唱を唱えるごとに、くろいものが大きくなる。
くろくてあかいやみが、大きくなる。
耐えきれない激痛に、ルイはかすむ視界でレイを見つめる。
侵食していく。
どんどん、深い奈落の底へと。
「愚かなる者に 我と汝が力もて――」
ドクンッ!
「等しく滅びを与えんことを――!!!」
ドクンッ!!!
「……駄目ぇぇえええっ!!!」
『愚かなる者全てに、我、滅びを与えよう』
レイの口から漏れる言葉。
その “声” にブラス・デーモンの群れがザッと後退する。
風はないはずなのに、レイの髪がザワリとなびく。
その場に悠々と立ち尽くすレイを、リオナとガウリス、
ルヴィリオは半ば呆然と見やった。
静かに伸ばされる手が、ふいに虚空から現れた杖をつかむ。
長い骨のような棍の先に、深紅の宝玉がついた錫杖。
ゆっくりと開かれたレイの瞳が、より紅みを増す。
それはまるで鮮血の色。
『――ふ……久方ぶりの世か……』
レイは小さく口元を緩ませて、己の持つ錫杖を眺めた。
そして空を仰ぐ。
『心地よい……負の感情が満ちているな』
ルイはか細い呼吸で地に倒れこんだ。
そのせいか、押さえ込んでいた嗚咽が酷くなる。
ぼろぼろと涙が溢れ出た。
兄はもう、いなくなってしまった。
どこにもいなくなってしまった。
「ま、まさか……!?」
「……お前は……」
『光栄に思え、人間よ。我が意識の覚醒に居合わせたことを』
バサリ、と深紅のマントを振るう。
『我が七分の一の意識――赤眼の魔王、シャブラニグドゥの
覚醒の場に居合わせた幸運を』
レイ=シャブラニグドゥは、凄絶なる微笑を浮かべた。
NEXT.