―理由―
街のはずれ。
ようやくぴくりとも動かなくなったレッサーデーモンが、
何十体も伏している。
それを静かに見やったレイは、息を吐いた。
「ふう……」
街が大きいか小さいかなど、もはや魔族には関係ない。
闇の者が求めているのは、己の欲求を満たす快楽。
恍惚と感じる恐怖を喰らいたいがため、罪もない人の命を奪う。
数少ない純魔族たちが示唆して始まる国同士の大きな戦争も、
数多のデーモンの群れがただ暴走するのも、同じこと。
多くの命を奪う行為に、何ら変わりはない。
ドクリ
脈打つ鼓動に眉を寄せる。
最近こうして起こるこの不調は――。
「――見つけたぞ、レイ!!」
「あんた一人で勝手に行くんじゃないわよっ!」
後ろから己の姿を見つけて走ってくる仲間の二人に、
レイは思わず落胆に肩を落とした。
きっと、この紅のローブが易々と見つかった原因なのだろう。
この深い赤は、いつでも好奇や不信の視線を捕らえて捕らえて
離さない色でもあるのだから。
「ガウリス、リオナ……止めないで下さいね。私は早くカタートに
行かなくてはならないのです」
「知ってるわよ!! だけど何でそれが一人で行くことに繋がるのよ!
まさか、ルイが足手纏いだって言うんじゃないわよね!?」
ぎらりとリオナの目が剣呑に光る。
いつでも自身満々で堂々としているリオナの良い所は、
お人よしで女子供にとても優しいことだろう。
別に、それを悪くいうつもりはない。
逆にそれは長所であろう。
けれど、それは戦場の上で決定的な弱点となる。
相手に攻められる対象となってしまうのだ。
「……戦場にルイを連れて行くわけにはいきません」
「あんたね……!!」
「待てリオナ。なら聞くけどな、レイ。ここに置いていくならどうして
ここまでルイを連れてきた? いつかどこかに置いていくなら、
ルイを助けた時に、いくらでも方法はあっただろ?」
ガウリスの言葉に、また溜息をつきたくなる。
だから、表に出さずに内心でそうした。
もちろん知っている。
絶望し崖から飛び降りようとした子供を助けたのは、悔いていない。
人助けのために旅をしていた私が、それを悔いるはずがない。
もちろん、レイは助けた子供をどうするかを、かなり考えた。
近隣の村に預けること、知り合いに頼むことなど色々と。
けれど、泣きもせずにただぽっかりと魂が抜けたような
酷く哀しい子供を、レイは “必要” だと強く思ってしまったのだ。
――何故かは今でも分からない……。
けれど “私がルイを必要とした” のだ。
だからレイは、子供に己の名前に似させて “ルイ” と名付け、
小さな手を引いて広大な世界を見せ、様々なことを教えた。
次第に、澱みが消えて輝きを増していく瞳や、明るくなる表情に
酷く安心する自分に気づいた時には、驚きを感じた。
「ルイは置いていきます。私は一足先にカタートに向かいます」
「……それで俺らにルイの面倒を見ろって?」
「里親を見つけてやって下さい」
「馬鹿なこと、言うんじゃないわよっ!!」
確信。
それは確かに確信だった。
――いつだろうか?
レイはこのまま旅をしていれば、いつの日か目の前からルイが
消えてしまうことに気づいた。
自分のそばにいるという “当たり前” と思うことが原因で。
昔、助けられなかった、大切なひとのように。
「リオナの言う通り、ずいぶん馬鹿なことを言ってるね?」
「……ルヴィ」
「すぐに撤回しないとはまた良い度胸をしてるね」
いつも温和そうな顔で微笑んでいる顔からは表情が消えて
無が浮かんでいる。
冷え冷えとした瞳で真っ直ぐにこの紅の瞳を射抜き、
微塵にも動かず逸らされない。
だからか、レイも自分から視線を外すことが出来なかった。
「 “賢者” と呼ばれていようと人は人。この情勢の中、一人で
カタートに向かおうとする馬鹿は、とてつもない馬鹿だよ。
私はレイが最大級の大馬鹿だと思っていなかったんだけどね」
突き放すような声色で投げられる言葉に、レイは内心苦笑する。
怒るならばもう少し感情を出せばいいのに、と余裕じみた
他愛もないことを思うが、それは声に出して言わない。
ふと、ルヴィリオの後ろにある木の陰。
汗をびっしょりとかいている、ルイの姿が見えた。
必死であとを追ってきたのだろう。
彼は連れていけない。
連れて行けばきっと消えてしまう。
殺されてしまうから。
NEXT.