―深いくろ―
――やっぱり……あれは嘘なんかじゃ、なかったんだね……。
ぎゅっと胸の辺りの服をつかんで、奥歯を噛み締める。
前を歩き続ける兄の……レイの後姿を見つめて、ルイは思った。
いつの頃からだったろうか?
兄が魔法を使うたびに大切な何かが失われていくような、
心が冷えていく薄気味悪い感覚に気づいたのは。
不安を感じているのは自分だけだ。
周りの仲間は誰一人として気がついていない。
“賢者” と呼ばれる兄でさえも、気がつかない。
募る焦燥感。
恐怖を感じているのは自分たった一人。
一言でも……たった一言でもいい。
魔法を使わないでと、そう言えたらいいのに。
「……、………っ…………!」
だけど、ルイはその言葉を言おうとすると何も言えなくなる。
何かに押し付けられるような威圧感が襲ってくるのだ。
兄の宝石のような、紅の瞳を塗り替えるほどの、くろいなにか。
くろいくろいくろい――くろい、なにかが。
それがきっと、兄を侵食するものだ。
「どうしましたか?」
「……!」
ルイがようやく我に戻れば、いつのまにか宿屋のベッドで、
兄が心配そうに顔を覗き込んできていた。
「やはり、疲れが出ていたみたいですね……ルイ……。
すみません、先を急いで」
「な、何言ってるの、お兄ちゃん? 今は急いで行くのが
当たり前でしょ?」
「ですが……」
「僕は大丈夫だから、早くカタートに行かなきゃ。ね?」
本当は違う。
行きたくない、行かないで、そう言いたかったのに。
だけど今起こっている世界の混乱を、どうにかして止めたいと、
本当に兄は思っているから。
もちろん、兄だけじゃないということも分かっている。
「……そうですね、ルイ」
「そうだよ!」
……お父さんとお母さんが、村の人が。
ある日、みんなレッサーデーモンの群れに殺されちゃって。
森に遊びに行ってた僕は、殺されなくて一人になって。
死にたいなと思って崖の方に向かって歩いていったら、
ちょうど旅をしてた彼が僕を見つけて。
そして僕の兄になってくれて。
僕を連れて広い世界をずっと旅して、僕の知らないことを
たくさんたくさん教えてくれて。
旅をしてる途中でガウお兄ちゃん、リオお姉ちゃん、
ルヴィお兄ちゃんと出会って仲間になって。
魔法も何も使えない役立たずだった僕なのに。
みんなはちゃんと心配して守ってくれて。
みんな大好き。
僕はみんなが大好き。
終われるなら、こんな酷い世界を早く終わらせたい。
――でも、それで兄がいなくなる気がして。
ただ怖い。
とてつもなく、それが怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「何ですか?」
「ちゃんと世界が平和になったらね、みんなとまた色んなとこ、
……旅が……したいな、僕」
「そうですね、必ず行きましょう。ルイと行ったことがないのは
どの辺りでしたか……」
「お兄ちゃん……ちゃんと、約束……してくれる?」
「不安ですか? 約束しますよ、もちろん」
ゆびきりげんまん。
これも兄が教えてくれたこと。
破っちゃいけない約束。
お願い、消えないで、いなくならないで。
あかをけす、ふかいくろのなにかに、とらわれないで――。
強く声に出せたらいいのに。
NEXT.