―見えぬ前兆―
「はあーあ、まったく……雑魚ってこれだから!」
「そうだなあ」
呆れたように溜息をつきながらリオナが一度髪を手で梳いて、
また高い位置で一つにくくる。
その手つきはとても慣れていて、ほんの数秒で終わる。
ガウリスも剣を鞘に収めながら二、三度頷いた。
「もう」
「まあまあ落ち着いて」
「ルヴィ!」
トン
ルヴィは杖の先を地面に打って、地に倒れ伏したままの
レッサーデーモンをさああっと灰へと化した。
それを見たリオナが、肩をすくめる。
「ふう……いつもルヴィはマメよねえ。いつもデーモン倒すたび
そんなことやってんだもの」
「だってこんな所に屍があったりしたら、誰だって嫌だろう?
まあ、スィーフィードの神殿の前じゃなかっただけ、心境的には
良かったけれどね。私としては。」
「………………まあそりゃそうだろうけど………………。」
リオナが微妙な顔をしながら言葉を紡ぎ、にっこりと笑う
ルヴィリオから目線を外すかのように振り返る。
そして、隠れていた木の陰からようやく出てきて、レイのそばに
急いで駆け寄っていくルイを見て首を傾げた。
いつもならば、落ち着いて自分たちの元へ来るというのに。
「…………。」
「ルイ、どしたの? 何か表情強張ってるわよ?」
「えっ……そう、かな? ……あ、多分、最近こんなことが多いから、
ちょっとだけ疲れちゃった、のかもしれないね?」
ひょいっと近づいたリオナに、びくりとルイが肩を揺らす。
少し歯切れ悪くなりつつも、ルイがそう苦笑する。
すると、それにレイが神妙な顔をして同意した。
「そうですね……近頃はどうもデーモンが多発しすぎています。
近隣の村や町も恐怖に覆われてますし……」
「現況は分かってるがなあ。どうにもこうにもって感じだぜ」
「だから、私たちがこうしてここにいるんだろう? 早くカタートに
出向かなければいけないよ。ね? 『賢者』 さん」
「ルヴィ……。仲間内でその呼び名は止めてほしいんですけど」
どうやってもからかいにしか聞こえない声色。
疲れたように、レイはがっくりと肩を落とした。
しかし、それでもルヴィの言う事は正しい。
ここ最近……いや、数年前から治安は劣悪なものになっている。
二つの国が他の国を巻き込んで起こし、命を奪い国を滅ぼし、
ただ無闇に繰り返しているとしか見えない悲惨な戦争。
ただ見ているだけでは分からぬ、人には到底起こせぬ被害。
多発するデーモンの群れ。
この事態に種族は違えど、生き残る者たちは連合軍を立ち上げた。
レイは唯一、激しい戦乱の中で生き残っている 『賢者』 として、
そしてルヴィたちもレイの仲間として連合軍に力を貸すことを決め、
水龍王ラグラディアの聖地である、カタート山脈へと向かっている
途中だったのだから。
「なあ、ルイ、お前ほんとに平気なのか?」
「もう大丈夫だって! ガウお兄ちゃん」
「ん、ならよし!」
ぐしゃぐしゃと自分と同じ金髪の頭を撫ぜながら、ガウリスは
にっこりと笑んだ。
その笑顔をじっくりと見上げてから、ルイは知らず知らずに
握り締めていた手のひらをゆっくりと開く。
「さて……それじゃあそろそろ行こうか? このままだと、次の村に
つくまでに日が暮れてしまいそうからね」
「もうそんなに経って? ああ、急がなければ。ほら三人とも、
置いていきますよ」
「ルヴィもレイも、ちょっとくらい待ちなさいよね」
ふと周りに和やかな雰囲気が漂い始める。
だがルイの表情からは、まだ固さが抜けきれていなかった。
それに、ただルヴィだけが気づいて首を傾げた。
警鐘にはまだ気づかない。
NEXT.