―威圧―
竜族の者たちは何も言えなかった。
たった一人の子供を前に、その視線に威圧されていた。
子供はただ、軽く杖を地に打ちつけただけだというのに、
その瞳や言葉気配に圧倒されてしまったのだ。
とてもあどけない幼き姿からは、まるで想像もつかないほどの
プレッシャーが放たれている。
強いプレッシャーに気づいたリナたちは、後ろで唖然としながら
リヴィを見つめている。
十歳ほどの子供が、放とうとして放てるものではない。
「だいたいね」
リヴィは呆れたように溜息をつきながら、手にした杖をくるくると回す。
「考えることが出来る生き物は、何事も学習するものなんだよね。
学習するから、少しずつ成長していけるんだ。動物も人間も、
それは種族は違えども同じことなんだよ」
くるくる
くるくる
手の中で遊ばれているように軽く回される杖。
宝玉は仄かに赤く光り始めていて、リヴィに回されるたびに
光が円を描く。
呆れから悲しげな表情をしてみせたリヴィは、深く深く、
溜息をついてみせた。
「過ちと知ってなお進み続けるのは矜持か意地か、それとも
愚か者か。さて、君たちはどれに当てはまるのかな?」
杖を回すのをぴたりとやめ。
ゆっくりと、静かに微笑んでみせるリヴィ。
ひゅんっ!
軽い音を立てて杖を空へと振り上げた。
――リヴィの姿はまるで。
今まさに、断罪の刃を振り下ろそうとするかのような。
「――この場所を選んだのは、本当に残念な選択だよ」
微笑んだまま、リヴィは杖を地に強く打ちつけた。
瞬間、広場全体が紅の色を帯びた風により完全に隔離される。
閉ざされた広場は、まさに結界そのもの。
「なっ……!!」
「これは!?」
一言の呪文もなしに行われた不可思議な魔法を見て、
リナたちからは思わず驚きが喉から漏れる。
特にゼロスは、笑顔など忘れさるほどだった。
リヴィは、ゆるりとした緩慢な動作で竜族を眺める。
「さてと? ここにいるのは、幹部の下あたりの者たちだね?
……リモード君、イシュティル君、ベンセイオ君、フェカーノ君、
ジヴィレット君、それに……」
一匹ずつ杖で示しながら、次々と名前を挙げていくリヴィ。
リヴィの冷たく凛とした声色。
硬直していた竜族の瞳の中に、いよいよ畏怖の色が混じり始めた。
存在感に耐え切れなくなったのか、一匹の竜が硬直を振り切って
リヴィに向かい火炎を放つ。
「リヴィ!!」
はっ、と我に返ったリナ達だがすでに遅く。
火炎の渦がリヴィに襲い掛かり、姿を呑み――込もうとするより、
早い動きでリヴィは杖を地に打ちつけた。
「風豪の断絶」
ゴォオオオオウッ!!
火炎の渦とリヴィの間に風の壁が吹き荒れ、渦の行く手を阻む。
ゼロスは思わず開眼して、リヴィの背を見つめる。
小さい背はかつての背を思い出させるだけでなく、かつて、
己にかけられた声まで聞こえそうになる。
ふいにリヴィが振り向き、ゼロスに向かってにっこりと笑った。
「後ろにいてね」
「……っ!」
昔かけられた言葉と、ほぼ違わぬ言葉だ。
荒れ狂う風に炎がかき消されると、同時に防壁は消える。
すでに幾度目になろうか、リヴィはまた杖をくるりくるりと回した。
「さて……お仕置きの内容はどうしようか」
ことんと首を傾げるリヴィだが、ゼロスは今までの行動全てが
“お仕置き” になっている気がした。
現に竜族はすでに硬直を通りこして、畏怖を宿していた瞳が
恐怖に変わりつつある。
「君たちは竜族だから浄化なんて効かないだろうし、かといって
ただの魔法を使った所で、ね……」
しかし、最初のように周辺に向けて放っているのではなく、
綺麗に竜族たちだけに向けられていた。
「魔族なら、いくらでもお仕置き内容が浮かぶけど」
そら恐ろしいことを言われて、ゼロスの口元がひきつる。
ちらりと視線を向けるリヴィと視線がかちあう。
くすりと笑われ、ゼロスはリヴィが確信犯だと伺えた。
「――やっぱりここは主犯に来てもらおうかな」
答えをもらうまでもなく、リヴィは簡単な解決策を見つけたらしい。
くるくると回していた杖を振り上げて地を打った。
トン!
「ちょっと話をしようか、アルバロディス君?」
地面が赤く光り輝き、影が現れる。
光が収まったそこに呆然と座り込んでいたのは、ゆったりした
白いローブをまとった金髪の壮年の男だった。
NEXT.