―使命と思い―
ルナたちのお情けで、バイトの再採用が決まったリュフィと別れ。
昼食を食べ終えたリヴィは、渡されたメモにしたがって、
そこに書かれた住所へと足を進める。
数人に尋ねながら歩いていくと、雑貨屋が目に入った。
看板に 『インバース商店』 と書かれた店先に、黒い長髪の男が、
火のついていない葉巻をくわえて座っている。
生別はともかくとして、年齢を判断しかねる見た目だ。
「すみません」
「お、らっしゃい。坊主は見ねぇ顔だな?」
人懐こい笑みを浮かべる男。
つられて、リヴィはにこっと微笑んだ。
「私は、リヴィといいます。ルナさんに用があり、リアランサーに
行ったんです。そこでルナさんから、先に家に行っていてくれと
言われまして……」
そう言いながらリヴィはメモを見せる。
男はほんの少し驚く。
しかし、リヴィの年端に合わない言葉遣いは気にしなかった。
「おお、ルナに用事かあ。坊主みたいな奴が用事たぁ珍しいな」
「そうですか?」
「ルナに用事があるって来るのは、ほとんど勝負を挑みに来る奴か、
国や神殿のお偉いさんばっかりだからな」
苦笑して肩をすくめる男に、リヴィは苦笑する。
スィーフィード・ナイトであると隠していないルナの身では
それも仕方ないことだろう。
男に招かれて家の中へ上がるとルナの母親であろう、優しそうな
栗色の髪の女性が紅茶を淹れてくれた。
こくり、と口にする。
まるでリヴィの好みを知っていたかのような飲みやすさ。
思わず女性を見上げるとふわりと微笑まれる。
しばらくしてルナが帰ってくると、ルナの両親は二人を
居間に残して店先へ出て行った。
「さて……改めて自己紹介するわ。あたしはルナ=インバース。
赤の竜神の騎士 (スィーフィード・ナイト) よ」
「私はリヴィオル=セストルーク。
赤の竜神の神官 (スィーフィード・プリースト) です」
その言葉に、ルナは大きく息を吐いた。
それもそうだろう。
リヴィが名乗ったその名――それは今までほとんど表に
出てこなかった名なのだから。
ルナ……スィーフィード・ナイトの影の存在。
スィーフィードの意思のみを身に宿し、法則に平行する力を
使うことを許された唯一の存在。
世が知れば人は騒ぎ出し、魔はひたと隠していようが危機とする。
それゆえにプリーストは常に存在を隠しているのだ。
……今までは。
「――どうして、今?」
「実は私は、前世でそうとは知られず魔族に殺されて」
「は!? プリーストが!?」
「ええ」
驚くルナにリヴィは軽く頷く。
この様子では、ルナはスィーフィードの記憶は持っていないようだ。
記憶を持っていれば何をして殺されたのか、分かったであろうに。
しかしながら、リヴィはくわしく話す気はなかった。
「混沌に還ったあと」
びくりっとルナは肩を震わせた。
記憶は持っていなくとも存在は知っている。
「……あの御方がわざわざ輪廻に入れて下さって」
「そっそうなのっ」
「ええ……」
ここでお仕置きされたと言っても、記憶にないルナは
混乱するだけだろうと推測をつけて、リヴィは簡潔に言う。
あのお仕置きフルコースがあり、覚えていれば面倒だからと
前世で封じていた記憶を全て解除されてしまった。
今はスィーフィードのことから、あの御方のことまで思い出せる。
「そ、それで。前世は不甲斐なかったから現世ではちゃんと
働くようにと言われてね」
「……大変ね」
「公にいた君ほどではないけれどね……」
「……どっちもどっちよ。あたしは面倒なことは妹に押し付けてるし」
遠い目をしながるルナは乾いた笑い声を上げる。
だが、リヴィはその魂に受けたお仕置きフルコースを繊細に
思い出してしまって嘘でも笑うことは出来なかった。
また目の前に金色が弾けた気がした。
とても眩い光が。
ルナとの対面を果たし、これからも暇が出来れば会うことを
約束し、紅茶を飲み終えたリヴィが立ち去ろうとする。
するとルナが、何かを思い出したように呼び止めた。
「リヴィ。もし急ぎの用事がないんだったら、妹に伝言を
頼んでいいかしら?」
「妹……ああ、リナ=インバースさんだったね」
ルナが頷く。
「何かね、またヴラバザード派がリナにちょっかいかけようと
してるらしいのよ」
「……ふう。本当に反省してないんだね、ヴラバザードは……。
仕方ないね、分かったよ。伝えるついでに私からちょっと
お仕置きをしておこう」
「ありがとう。それじゃ、また」
「うん、また」
“また” 。
それは前世で一度も使わなかった言葉だと、
リヴィはゼフィーリアを出て、しばらくしてから気がついた。
NEXT.