―ゼフィーリア―
「お姉ちゃん、ゼフィーリアってどんなとこ?」
「そうねえ……。ああ、プラズマ・ドラゴンを包丁一本で
しとめる人がたくさんいるわよ」
「すごいね。包丁一本だと僕はシーサーペントが精一杯だよ」
「……そうなんだ。」
ゼフィーリアへの街道を歩きながら、
リヴィとリュフィはそんな会話をほのぼのと続ける。
すれ違う人がその会話に、ぎょっとしてリヴィを見やる。
だが、彼はにこにこと笑顔を浮かべているだけで
まったく気にしてはいない。
むしろ、隣を歩くリュフィの方に冷や汗が伝っていた。
リュフィがちらりとリヴィを見下ろしてみると、
朝は悪夢を見たらしく真っ青な顔をしていたが今は機嫌がいい。
思えば、おかしな事だらけだとリュフィは思う。
ほんの十歳の少年が一人旅をしていて、
あっさりと数十人もの強面の盗賊を追い払ってしまった。
とりあえず助けてもらったことにお礼を言いつつも、
家はどこなのかと聞いてみたら答えはなく、にっこりと
微笑みながら 『ゼフィーリアに行きたい』 と答えたのだ。
それでも王都まであと少しという場所に来るまで疑問に
思わなかったのは、リュフィ自身がゼフィーリアで
そんな人を多く見てきたからだった。
さすがに今まで見たことも聞いたこともない、
変な魔術を使っていたのには驚いたが。
「でも、お姉ちゃんの家はサイラーグなんでしょ?」
「そーよ。着々と復興してるわ」
「どうしてゼフィーリアに住んでるの? ……もしかして迷子になって
路銀がつきて途方にくれてた時に、僕がしたようにゼフィーリアに
住んでる人に助けてもらったとか?」
ぎくりと動く肩。
あからさまな動揺に、リヴィはくすくすと笑った。
「あっ見えたわっあれがゼフィーリアよっ」
ぎくしゃくと腕を上げて、リュフィは前をびしっと指す。
リヴィがつられてその先を見る。
すると、少し先に街道と町とを隔てる壁が見えてきた。
壁の遠く向こう側に城が建っている。
「……あれがエターナルクイーンが治める国か」
「? 何か言った、リヴィ?」
ぽつりと呟いたリヴィに、リュフィは首を傾げる。
しかしリヴィはにっこりと笑って、首を横に振った。
「何でもないよ」
二人は外壁の所で兵から許可を得て、ようやくゼフィール・シティへ
足を踏み入れた。
街中できょろりと辺りを見回したリヴィは、店先の棚に果物の
陳列をしている男に目を止めて話しかけた。
「あの、すみません。 『リアランサー』 っていうレストランはどこに
ありますか?」
「おっ? 何だ、坊主は観光に来たのか? リアランサーならここを
真っ直ぐに行った広場を右に曲がって、二つ目の角を左に
曲がった所にあるぞ。店の脇にはしっかりと武装してる奴らと、
魂抜けたような奴らがずらーっと並んでるから、すぐに分かるさ」
「ありがとうございます」
「おう、そうだ。リアランサーにはな、かなりすげえ人がいるから
良かったら会ってきな」
「……すごい人?」
それは会わないようにしていた人。
今まで会わなかった人。
今まで会おうともしなかった人。
存在だけは知っていた。
それでも姿を見ようとはしなかった。
―― “今まで” は。
「坊主は頭が良さそうだからな、店に行けばそれが誰のことか
分かるさ。ほれ、りんご持っていきな」
真っ赤に熟れたりんごをリヴィの手にぽんと乗せて、
男は楽しげに笑った。
それに思わず、リヴィも微笑んだ。
「ありがとうございます」
もう一度男にお礼を言って、待っていたリュフィとその場を
あとにする。
リヴィに向かって、リュフィが少し拗ねたような声を出した。
「ちょっとリヴィ。何で私に聞かないの?」
「お姉ちゃん、リアランサーまでの道分からないかなって」
「な」
ちょこんとリヴィが首を傾げてみせる。
すると、拗ねていたリュフィは憤慨したようだった。
腰に手をあてて踏ん反りがえる。
「分かるわよっ! 私はそこでバイトしてるんですもの!」
「……何でエルメキアの近くにいたの?」
「…………仕入れの途中で」
「迷子になったんだね」
「………………私、クビは決定だわね」
遠い目をしながら、リュフィは乾いた声で笑った。
道中でも見てきたがどうやらリュフィの方向音痴はそこまで
酷くはないものの、目的地の場所が遠くなるほどに、
迷いやすくなるらしい。
リュフィによるとそれは生まれ持ったものであったらしく、
どうにも直しようがないという。
土地勘をすぐに掴めるリヴィには、その辛さが分からない。
ふと、目線をずらすと行列が見えてきた。
NEXT.