頭を落ち着かせようとしてアパートに帰ってみた。
――あたしが住んでるアパートは影も形もなくなってて、
見事に知らないマンションが建ってた。
愕然と立ち尽くしたあたしに残ったのは、唯一持ってた鞄だけ。
あたしは一体どんな表情で、どんな風に池袋まで戻ってきて、
どうやって歩いてきたのかさえ、自分でも全然覚えてないと気づいた。
いつのまにかぼんやりと、知らない公園のベンチに座ってたから。
とても明るかったはずの空はすっかり夕暮れを通り過ぎて、
辺りはどんどん暗くなってきてる。
これから一体どうしたらいいのか、分からない。
せめてアパートが残ってれば良かった。
そうすれば、ただ自分の部屋に篭もっていられた。
これからのことを考えるくらい、出来たのかもしれないのに。
それさえ許してくれないなんて、本当にどういうことなんだ。
有利に働いてくれる “トリップ特権” ぐらいくれたっていいじゃんか。
――ぽん。
頭に、優しく誰かの手が乗った。
大げさに驚く気力もなくて何回か瞬きして、ゆっくりと顔を上げる。
黒いライダースーツに、猫耳ヘルメットを被った女の人が、
すぐそこに立ってた。
女の人は何かを心配してるらしい。
少しだけ首を傾げるようにして、あたしの目線に合わせるようにそっと
身をかがめてくる。
ヘルメットの中は何もない。
そのはずなのに、柔らかく細めた瞳があたしを見てると錯覚した。
これがあたしの “トリップ特権” なんだろうか。
そんなことはどうでもいい、今は何も考えたくない。
だって頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉だって何も出てこない。
――彼女があたしを見つけてくれた。
今はそれでいい。
「……っう、っ、ぅううーっ……!!」
「!?」
ついに涙腺が崩壊する。
意地で声を押し殺しながら、あたしはセルティの前で泣き崩れた。
号泣するのは、今だけだ!