「何すんねー!!」
その言葉を最後に、少女は少年の前から姿を消した。
頬を引っ叩かれた少年は唖然としつつ。
しかし、くすりと苦笑して後を追う事にした。
寒い冬の季節でも青々と輝く森の中。
時折、雪が降り出しそうな空を見上げながら、少年はさくさくと歩く。
ふいに小道をそれてしげみの中へと踏み入った。
しげみをかきわけていくと、ぽっかりとした広場に出る。
そして広場の中心にある切り株の上に座るひとりの少女。
足音を聞いて誰が来るのか待っていたのだろう。
少年の方へと向いていた瞳が少し大きくなって首が傾いだ。
明るい金髪のポニーテールがふわりと揺れた。
「あれ? ルビーさんじゃないですか」
「こんにちは。お久しぶりです、イエローさん」
イエローと呼ばれた少女はひょいっと立ち上がった。
近くにチュチュはいないようだった。
「こんな遠い所まで……一体どうしたんです?」
「あはは」
「あれ……サファイヤさんは一緒じゃないんですね」
「実はそれなんですよ」
きょろりと辺りを見回すイエローにルビーは苦笑する。
不思議そうな顔をして見返してくる彼女は、本当に自分よりも
年上なのだろうかと一瞬だけ思う。
実力を知るがゆえに、ルビーは口に出さないのであるが。
ルビーはわざわざトキワの森にまで足を向けた経緯をかいつまんで
イエローに説明する。
最初は何事かと真剣な面持ちで聞いていたイエローだったが、
話を聞くうちに微妙な顔つきになっていく。
しかしとりあえず真面目にしておかなければと気張ったせいだろうか、
笑い出しそうな、呆れているような、そんな表情が浮かんでいる。
思わず話していたルビーも苦笑してしまった。
「それは……サファイヤさんも逃げ出すのも分かるような……」
「僕はちゃんと申告はしたんですけどねぇ」
「あ、はは、確かに苦手そうですからね。……だけど、実は僕も最近まで
知らなかったんですよ。何だかポケモン達の間でもそれが流行ってる
らしくて……ピカとチュチュがよくやってるので、聞いてみたんです」
「なるほど」
ポケモンの言葉が分かる彼女ならでは、だろう。
困ったように笑っているイエローに、ルビーはちょっと悪戯な質問を
投げかけてみた。
「レッドさんは知ってると思います? この話?」
「え、えっ……!?」
かああっと顔を赤くして慌てだすイエロー。
予想通りの反応にルビーは思わずくすりと声をたててしまう。
するとイエローは、からかわれた事に気がついたのか、むっとして
そっぽを向いてしまった。
「あ、ごめんなさい」
「これ以上からかうなら僕は何も協力しませんよ!」
「すみません、ごめんなさい。ポケモン達にサファイヤがどこにいるのか
教えてもらいたいんです。お願いします、イエローさん」
さすがに、トキワの森の中を1人で探すのはきつい。
イエローは拝み倒すルビーをちらりと見るとふう、と息を吐きながら
怒らせていた肩を落とした。
「分かりました……ちょっと待ってて下さいね」
サファイヤの居場所をイエロー伝いに教えてもらったルビーは、
イエローとポケモン達にお礼を言ってその場を離れた。
どうやらサファイヤはここから少し、離れたところにいるらしい。
ルビーは急がず焦らず、またさくさくと歩き出した。
きっとサファイヤもルビーが追いかけてきた事に気づいているはず。
気づいていないのなら、遠いトキワの森にまで来はしない。
分かりやすいなと微笑んだ。
「……何しに来たんね?」
名前を呼ぶ前に、こうして自分から出てきてしまうのだから。
「何って。サファイヤを迎えに来たんだけど」
「あ……あんな事しておいて、よくぬけぬけと来れるったいね!?」
「あんな事って…… Kiss だろう?」
「そ、そんな軽々しく言わんと!!」
顔を赤くして怒鳴るサファイヤに、ルビーは心の内で笑う。
ここで口に出して笑ってしまったら、イエローのようにはいかない。
今度はトキワの森より、遠くの場所へとんずらしてしまうだろう。
そうすると謝るばかりではすまないのだ。
下手すると意地でも帰ってはこない。
「ねえ、サファイヤ? 僕は君にちゃんと言ったよね?
“ヤドリギの下の女性は Kiss を拒んではならない” って……」
「だからっていきなりは酷いっちゃね!」
ヒイラギの伝説を知っているかと聞いたのはルビー。
常緑小高木で雌雄異株だと答えたサファイヤ。
間違ってはいないのだが、ルビーのセンスには欠けたのだ。
だから不意打ちを仕掛けた――のが、裏目に出た。
「嫌だった?」
「……っ、だから、いきなりは……!」
首を傾げるルビーにサファイヤは真っ赤な顔で口ごもる。
それに少し安堵しながらルビーはもう一度呼びかけた。
「ねえ? サファイヤ」
「な、何ね……」
ヤドリギの伝説を知ってる?
「ヤドリギの下で Kiss した二人は永遠に幸せになれるのさ」
END. (だからキスしよう)