すとん、と切り株に座りなおす。
イエローはポニーテールを揺らしながら、頼ってきた少年が
去っていった方を見やる。
「まあ、ルビーさんとサファイヤさんだったら大丈夫かな」
何だか慌てた様子のサファイヤが、トキワの森に来たということを
野生のポケモン達から聞いたのはつい数時間前だった。
こんなに遠くに来るなんて何かあったのかと様子を見に行こうとしたが、
ポケモンたちによればルビーの愚痴を言いまくっているという。
それを聞いたイエローは、サファイヤが落ち着くまで待とうと思い、
彼女が隠れる場所からそれほど離れていない広場で暇をつぶしていた。
そこに現れたのはもちろんルビー。
彼が来たならば、もう自分の出番は必要ないとイエローは悟った。
「さてと……」
きょろりと辺りを見回してみれど野生のポケモンたちは少ない。
いくら青々と緑が茂っているとはいえ、季節は冬。
外にいるポケモンといえば、鳥ポケモンか主人持ちのポケモンくらいだ。
とはいえ主人持ちのポケモンだと、トキワの森でよく見かけるのは
イエローを主人とする場合のみに限られる。
早く日が沈む冬場に、森の奥へ入るトレーナーは少ない。
移動する時以外は、比較的ポケモンを自由にさせているイエロー。
最近ではチュチュが主で、今は森のどこかでピカと一緒にいるはず。
「どうしようかなあ……チュチュはまだ帰って来ないだろうし……。
お昼寝するには少し寒いし。絵でも描いてようかな?」
切り株に立てかけておいたバッグの中から、1冊のスケッチブックを
取り出す。
白いページを求めてぱらりとめくったが、スケッチブックの紙面は
今まで描き続けた何枚もの絵に埋め尽くされていた。
新しいスケッチブックを持ってきたつもりだったが、間違えて
古いものを持ってきてしまったようだ。
ふと、あるページをめくった時に手が止まる。
「……あ……」
そのページからは、同じ人物の絵が描かれていた。
赤い帽子をかぶった黒髪の少年の絵。
「これ、僕がブルーさんに会う前に描いた絵だ……」
数年前の事を思い出しながら、イエローは少しだけ懐かしい気分に
ひたりながらスケッチブックをペラペラとめくる。
しかし、ふと脳裏にルビーの言葉がよみがえってきた。
“レッドさんは知ってると思います? この話?”
思わず頬を赤く染めて、スケッチブックを軽く抱きしめる。
ルビーとサファイヤの喧嘩の原因になった話。
ヤドリギの伝説。
きっと知っているわけがないと、イエローは首を振った。
自分だって、教えてもらうまで知らなかったのだから。
「あー、いたいた。イエロー!」
「!! レ、レッドさん……っ!?」
呼びかけられた声。
はじかれたように振り向いたイエローの目に、彼が映った。
いつものように明るい笑顔で、しげみの向こうから出てくる。
彼が出てきた方角はマサラタウン。
いつものように時間を見て、ピカを迎えに来たのだろう。
イエローはスケッチブックを切り株の上に置いて、立ち上がった。
「探したよ。トキワの家にいないもんだから……」
「あ、ごめんなさい。ルビーさんとサファイヤさんが来てて」
「あいつらが? もしかしてまた喧嘩したのか」
くすくすとレッドは面白そうに笑う。
しかしイエローは、高鳴る心臓の音が聞こえないように冷静を装った。
何せ考えていた人物がこうしてやってきたのだ。
驚かないはずがない。
「さてはルビーが何かしたんだな?」
「え、ええ。ちょっとサファイヤさんに悪戯したみたいで……。
逃げてきたサファイヤさんを、ルビーさんが迎えに来たんですよ」
「ははは! あいつらも本当によくやるよなー」
不意打ちと悪戯はまた違うものだろうが、イエローはそう話をくくる。
そうでなければ、何だか墓穴を掘ってしまいそうだった。
「ピカとチュチュ、まだ帰ってきてないんですけど……」
「まあ、ここの所は修行ばっかりで、あんまり会えなかったから
仕方ないかな。って――あれ? イエロー……それって……」
「ふえ?」
レッドが指をさす先を振り返る。
切り株の上の置かれたスケッチブックが、風にあたってパラパラと
勝手にページをめくっていた。
それも、何枚もレッドの絵が描かれた場所を。
「わぁああああっ!!」
叫び声を上げたイエローが、慌ててスケッチブックを抑えてそそくさと
カバンにしまうが時すでに遅し。
レッドは誰が描かれているかきちんと目撃してしまった。
湯気があがりそうなほど真っ赤になるイエロー。
少し照れたように、視線を泳がせながら頬をかくレッド。
広場に沈黙が落ちる。
しかし空へと視線を上げたレッドはふと目を見開く。
ちらっとイエローを見下ろすと、やおら真面目な表情をした。
「イエロー、上見て」
「え?」
真っ赤になって硬直していたイエローだったがレッドの声に反応し、
言われた通りに上を見ようと素直に顔を上げる。
そしてその顔に影が落ちた。
「……………………っ!?」
「……もーらい」
すいっと影が離れたあとで、レッドは小さく呟く。
イエローはまた顔を真っ赤にして、ぱくぱくと口を開閉する。
「あー ……イエロー知ってる? ヤドリギの伝説」
「し……知って、ます、けど……レ、レッドさん……っ」
「いや……俺は知らなかったんだけど……昨日ブルーがグリーンにな」
「あうう……っ」
どっちが知っていたのか、誰が何をしたのか気になったものの、
イエローの頭の中は今この瞬間から動こうとはしなかった。
今度はレッドも頬を軽く染めて空を指さす。
ぎくしゃくと顔を動かして空を見上げるイエローの目に、
ヤドリギの枝を持ったプテラが飛んでいるのが映りこんできた。
なかなか進展しないと周囲をやきもきさせている主人たちに
流行りのものを使って気を利かせたのかもしれない。
「えーと……まあ、うん……これからも、よろしく?」
「……は、はい……よろしくお願いします……」
またも視線をさ迷わす主人たち。
ある意味自分達よりも格段に微笑ましい光景を見て、ようやく
デートから戻ってきたピカチュウたちは楽しそうに笑った。
END.