「何か違う」
「あー?」
僕の呟きに、目の前の親友が変な声をあげた。
首を傾げた僕の様子に眉をひそめる。
「何が違うんだよ。別に、俺の手は間違ってないだろ?
お前がこっち側に突っ込んで来るだろ……そこに、俺がこう……」
真剣で真面目な顔をしながら、とんちんかんな答えを返される。
束の間、僕の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
彼が指差すテーブルを見てようやく納得がいく。
ああ、そうだ。
クィディッチのフォーメーションの話をしていたんだった。
彼の杖が少し動くとシーカーの人形が真っ直ぐに進み、
ビーターの人形が左に打ったボールが敵チームの人形を弾いた。
「いや、うん、それは間違ってないんだけどさ」
「じゃあ何が違うんだ、よっと」
場外に弾かれた人形を杖を振ってボードの上に戻す。
「それでな、ちょっと俺が考えたのが――」
「違うな……」
「……だぁああっ! さっきから何が違うんだっての!」
また呟いた僕に、短気な親友が声を上げた。
べしべしとテーブルを叩く姿は、イラついているというよりも、
僕のスッキリしない態度に呆れていると言った方がいいか。
眼鏡を押し上げてから僕は腕を組む。
「それが分からないんだよ」
「はあ? ……あ、おいちょっとリーマス、こっち来てくれ」
「どうしたの、シリウス。新しい悪戯でも発案した?」
「万年主席で自称天才のジェームズ・ポッター様がついに壊れたぞ」
「あ、やっと?」
読書でもしようと思っていたんだろう。
少し厚めの本を手に螺旋階段を降りてきたもう一人の親友が親友の
酷い言葉を聞いて、酷い言葉を返すとくすくす笑いながらゆっくりと
僕たちの方へやってくる。
リーマスは僕たちの座る一人がけソファの隣にある、大きめのソファに
そっと座って、少し白くなった手を暖炉にかざす。
「それで? ジェームズが壊れたって?」
「さっきからおかしいんだよ。違う、違うって」
「違う?」
きょとんとしながらリーマスはテーブルの上を見る。
オートタイマーに切り替わったボードの上ではクィディッチ選手の人形が
好き勝手にゲームを繰り広げている。
一人の赤い選手が、緑の選手側にゴールを決めてガッツポーズをした。
「フォーメーションのことではないんだと」
「ふーん……」
リーマスの視線を追っていたシリウスが肩をすくめた。
そして腕を組んだままの僕を見やる。
普段の優しい目が、少し意地悪げに細くなった。
「それじゃあまるで、ホラーみたいだね? これも違う、あれも違う、
ならば私の捜し求めている本物はどこだ……って」
「ジェームズ本人が歩く怪奇現象だけどな」
ひょいっと杖を振ってビーターの人形を動かす。
にやにやと笑うシリウスの頭にボールが軽くヒットした。
「いてぇよ」
これくらいは自業自得だろう?
僕を捕まえて “歩く怪奇現象” とは言ってくれるよ。
くすりとリーマスが苦笑しながら今度はちゃんと僕に訊く。
「でも、ジェームズはどうしても分からないの?」
「……うーん…何か、足りないというか……落ち着かないというか」
「足りないねえ? 確か今月の悪戯ノルマはきちんとクリアしてるよな。
クィディッチの練習も全部こなしたし」
真剣に考えこんでる僕を見て、シリウスも指折り数える。
からかいながらも、結局そうやって手伝ってくれるからありがたい。
さすが親友だね。
でも、シリウスとリーマスからぽんぽんと上がっていく言葉にどうしても
僕はしっくりとこなかった。
考えこんでいると、僕の耳に涼やかな声が入る。
「それじゃ」
「あれ、もう寝ちゃうの?」
「明日は天文学の授業があるでしょう? 私夜更かし苦手だから、
そろそろ寝ておかないと明日がきつくなるから」
振り返ると、ソファを立ち上がる長い赤髪の女の子。
手を振って一緒に勉強していた友達と、挨拶を交わしている。
筆記用具を抱えて螺旋階段に向かっていく姿。
僕は無意識に彼女に呼びかけていた。
「リリー」
「あら……なあに? ジェームズ」
「ん、いや……お休み、また明日。よい夢を」
振り返り、にこりと綺麗な笑みを返してくる彼女に我に返った僕は、
動揺を悟られないようにひらひらと手を振る。
すると少し驚いたように目を見開いて。
照れたように微笑んでくれた。
「ありがとう……お休みなさい。あなたもよい夢を」
僕にもひらりと手を振って、彼女は女子寮に戻っていった。
それを見送ってから僕はソファに座りなおす。
ぽかん、としたシリウスとリーマスの目が僕を射抜く。
何だろう……。
さっきのモヤモヤが消えてる。
とてもスッキリとしている気分に僕は首を傾げようとして。
――あ。
「……そっか、今日は一度もリリーと挨拶してなかったんだ」
朝は久しぶりに寝坊して遅刻寸前で教室に入って。
昼食は天気が良いからとシリウス達と中庭で食べて。
夕食はクィディッチの練習で少し遅くなって。
今日の授業は一人でやるものばかりだったから。
午前も昼間も夕方も。
話しかけるタイミングがなかったんだ。
今の今まで。
ああ、すごくスッキリした。
明日はちゃんと起きてリリーに声をかけよう。
「なあ、リーマス。俺ら……馬鹿らしくね?」
「馬に蹴られる前に、僕らがジェームズ蹴っとく?」
END.