※BL
ねえ、どうして君は思い出してくれないのかな。
目の前を歩く背をぼんやりと見やる。
颯爽と廊下を闊歩する姿は、カリスマ性を際立たせる。
すれ違う生徒達の誰もが、挨拶をして振り返る。
その表情は、緊張するものから嬉しそうなものまで。
中には羨むような、妬むようなものがあるけど――それも前者と
比べたらほんの時々だ。
だけど、君の表情は全然変わらない。
挨拶されれば挨拶を返すし、声をかけられれば返事を返す。
その声も、態度も冷静沈着そのものだ。
SeeD になる前を知ってるキスティたちは、それだけでもすごい
進歩してるんだって言ってはいるけど。
――僕には分からない。
だって僕の覚えてる君は、すごく甘えたがりの泣き虫さんだから。
誰よりもエルおねえちゃんに懐いてて、馬の合わないサイファーと
いつも喧嘩ばっかりして。
確かにエルおねえちゃんがいなくなってからの君は、無口になって、
あまり泣かなくなって誰かに甘えようともしなくなった。
サイファーとの喧嘩はいつものことだったけど、まま先生は
ひどく落ち込んだ君を心配してた。
だから、僕に君の様子を見ているように頼んだんだ。
もちろん僕も心配だった。
だから一緒にいるように心がけてた。
でも君がガーデンに入ってからは知らない。
ガーデンにはサイファーもキスティたちもがいたから。
まだ幼かった僕は、君は大丈夫だと勝手に思い込んでいたんだ。
まま先生が魔女になった時は、どうしていいか分からなかった。
だから、このまま何も起こらなければいいと思ってた。
でも魔女暗殺の命令が僕に下された。
動向するメンバーは君に、ゼルに、セルフィに、キスティ。
運命の悪戯かと思うほどすごい偶然だった。
やっぱり、僕はどうしていいか分からなかった。
でもちょっとだけ不謹慎だけど、会えるのが楽しみだった。
ガーデン一ののスナイパーである同行者――そう言われている僕が
目の前に出てったら、皆がどんな反応するんだろうって。
だから再会した時は本当に驚いたんだよ。
どうして僕を見ても、名前を聞いても反応してくれないの?
どうして初めて会ったみたいに、僕に接してくるの?
思い出したのは G.F. のジャンクション。
G.F. という力を得る副作用として大切なものを奪われる。
皆、昔の記憶を取られたんだと、分かった。
信じたくなかったけど、そうだとしか思えなかった。
ゼルやセルフィは覚えて無くても仕方なかったかもしれないけど、
しっかり者のキスティまで忘れてるとは、思えなかったから。
何より、まま先生まで忘れてるなんてありえなかった。
そして君の態度が、信じられなかったんだ。
あんなに甘えたがりで泣き虫だった君だったのに、どこまでもクールで
冷静沈着で、いっそ冷たく感じられるほどに見える。
無愛想で、眉間にシワを寄せて、全然笑わない。
何も覚えてない君に向かって、一体ガーデンで何があったかのと
問い詰めたくなるぐらいで抑えるのに必死になった。
――泣きたくなったんだよ。
誰も、君も、僕のことを覚えてなくて。
頑張って普段と同じでいてみせた。
全員がまま先生を暗殺することをためらわないから、作戦決行する直前で
僕がためらってみせた。
君はそんな僕に呆れて、僕が知らない強さで説得してきた。
だから、撃った。
でも魔女であるまま先生なら防ぐと分かってた。
まさかその後の戦いで、君が倒れるなんて思いもせずに。
ようやく、ようやくだったよ。
皆がまま先生の事や孤児院にいた頃を思い出してくれて、ちゃんと僕が
一緒にいたことを思い出してくれたんだ。
それなのに君だけは、僕を思い出してくれなくて。
ねえ、どうして?
どうして僕を思い出してくれないの?
G.F. を使いすぎたからなのかな?
それとも思い出したくない何かがあるの?
どうして、どうして?
まま先生も、孤児院も、ゼルも、セルフィも、キスティも、喧嘩してた
サイファーのことだって君はちゃんと思い出すことが出来たのに。
どうして君は、僕を忘れたままでいるの?
ねえ、どうして僕を思い出してくれないのかな。
「アーヴァイン?」
怪訝そうな君の声が、僕の耳に響いた。
歩くのをやめたのに気がついたのか、こっちに首を向けてる。
どうして声が響くのかとちょっとだけ思ったら、辺りの通路には他の
生徒たちの姿がなかったせいだった。
多分、僕らが寮の方に向かう途中だったから。
こんな時だけ気がつくなんてず、るいような気がするよ。
だって “仲間” だから気がつくんでしょ。
“僕” だから気がつくわけじゃないんでしょ?
「おい、どうした?」
怪訝そうなまま、俯いた僕の方へ近寄ってくる。
もう感情を抑えられなかった。
油断してた君の胸倉を掴んで、壁に叩きつける。
強い音がして君がせき込むのが分かった。
だけど、そんなの知ったことじゃない。
何するんだ、放せと非難されるけど、僕には何も聞こえない。
胸倉を掴んだまま澄んだ青い瞳を睨みつける。
少し目を見開いた君は、黙り込む。
「どうして思い出してくれないの」
「アー、ヴァイン」
「ねえどうして? 皆はちゃんと僕のことを思い出してくれたんだよ。
何で君だけは僕を思い出してくれないの。ねえ、どうして?」
戸惑う君の表情。
こんな時だけ変わるなんてずるい。
でも、リノアが昏睡状態になった時ほどじゃないでしょ。
あんなに形振り構わないほどに、戸惑ってないでしょ。
リノアに比べたら僕のことなんて――とても小さなものなんだ。
君にとって、僕なんてそんなものだ。
「………………泣くな」
君の細い指が僕の目元に触れる。
衝撃で、熱い涙がこぼれて止まらなくなった。
泣くななんて――そんな酷いこと言わないでほしいよ。
「全部、君のせいだ」
「……そうだな」
「何でこんな時だけ認めるの。いつもみたく俺のせいじゃないって
言ってみせて。そうしたら何度でも、君のせいだって僕は責めるから」
「全部、俺のせいだろう?」
何で、どうして、やめてよ。
綺麗な指先で僕の涙をぬぐわないで。
温かい掌で僕の頭をなでないで。
優しい言葉で、僕の言葉を受け止めないで。
いつもの冷たい君でいてよ。
何で、どうして。
こんな時だけ。
リノアだけ大切なら、僕を突き放してよ。
「……確かに俺は、どうしてもお前だけ思い出せなかった。思い出そうと
すると、嫌な記憶ばかりで嫌気がさしてきた。だからお前だけじゃなく、
過去のことは、あまり思い出さないようにしていた」
肩に顔がおしつけられる。
耳元で、少し緊張気味の声が聞こえる。
「……リノアに相談したんだ」
「え……?」
「そうしたら、ガルバディア・ガーデンで会った時からのお前を知って
いけばそれでいいんじゃないかと言われた。まだ遅くはない、それから
思い出になるからきっと大丈夫だとな。だから……お前のことは
思い出すんじゃなく、知っていこうと思ったんだ」
昔の僕を思い出すんじゃなくて、今の僕を知っていく?
「……悪かった。俺はまだ、口に出すのが苦手だから」
知ってる。
再会した君は、昔の君とは思えないほど何でも抱え込んでた。
大事なことほど心の中で言って、言葉にしなくて。
表情には出ないけど、瞳にはそんな感情があったんだ。
何で、気づかなかったんだろう。
覚えてなくても君は僕を見てたのに。
「……ご、めん……ごめん……ごめんね……」
「謝るのは俺の方じゃないのか?」
「ごめん。ごめんね、ごめんね、スコール」
「……分かってる、アーヴァイン」
「………………痛い」
「ごめ~ん! ほんっとごめんね、スコール!!」
ベッドに座ってむっすりと呟くのに、僕は謝り通しながら静かに
湿布を張って丁寧に包帯を巻いていく。
さっき僕が本気で容赦なく壁に叩きつけたしまったせいで、
スコールの真っ白な背中に酷いあざが出来ちゃった。
ぼ、僕って喧嘩嫌いなわりには、結構乱暴だったんだね……。
いくら感情が抑えきれなかったからって……。
しかも、平均的な男より人一倍華奢なスコールに向かって。
ケアルガ、むしろスコールだけにフルケアでもかけてあげたいけど、
本来の治癒能力を妨げないために任務以外での魔法治療は禁止。
……ううう~。
いつものシャツを着込むスコールに、僕は注意した。
「……それにしても、スコール? 僕が男とはいえ恋人に向かって、
今度からはそんな相談とかしちゃ駄目だからね~」
スコールが僕のことを思ってくれたのは、すごく嬉しいよ。
だけど、それがリノアの相談上にあるのはちょっとだけ複雑なんだ。
恋人の助言あっての関係は……嫌だからね。
まあ僕が男だって時点で、どうしようもないんだけどさ~。
「恋人……?」
「何でそんな怪訝そうな顔するの。リノアのことだよ~」
きっとスコールの背中より、僕の胸の方が痛いと思う。
「リノアは――恋人じゃないんだが……」
「……はあ!? 昏睡状態の時あんなに取り乱してたのに!? 宇宙まで
行って助けてきたのに!? 魔女でも取り戻してきたのに!?」
「……それを言うな」
いきなりの爆弾発言に、思わずベッドから立ち上がって問い詰める。
スコールにとってそれはあまり思い出したくない自分なのか、
げんなりとしながらこめかみを押さえた。
「……まあ、リノアは俺にとって特別な存在であることには、間違いない。
だがそれは、恋愛感情というより俺を変えてくれたからという理由が
強いんだ。リノアにしてもそうだ。以前はどうだったか知らないが……
あいつは今サイファーが好きなんだ。だから、俺が協力出来る範囲で
手を回してやってる」
僕はそれを聞いて思わず唖然とした。
だ、だからなんだ……。
スコールとリノアとサイファーが一緒なのを、最近よく見かけるの。
どうしてなのかなーって皆と話してたんだけど……。
サイファーは魔女戦争が終わってから、スコールを恩人みたいに
感じてるらしいから少し分かるような気もしてたのに。
え、あれ、ちょっと待って?
スコールって相談なんてほとんどしないよね。
任務ならまだしもプライベートなんて。
僕のことを相談したってリノアに。
さっき言ってたよね?
「スコール、僕のこと、相談」
「ガーデンの進行状況をニーダに訊いてくる」
「あ、待って、待ってよ~!!」
上着を着込んで足早に部屋を出るスコール。
慌てて後を追う。
きっとこのまま問い詰めても答えてくれないんだろうな。
でも……まあ、それでもいいかな。
僕もこれからスコールをちゃんと知っていければ。
昔の君と僕じゃなくてね。
END.