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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

鐘の鳴らぬ宵闇(SH:童話)


※『童話』が始まらない
※オリキャラ視点




見つめる少女に背を向けて、少年が戻ってくる。
涙を必死に堪えて、けれどしっかりとした足取り。
私の所まで辿りつくと、少しだけ肩の力が抜けたようだった。

「お別れは出来ましたか、メル様」
「……うん、大丈夫」

そっと私を見上げる少年の目は少し潤んでいたものの、
ほのかな笑みを浮かべていた。

「では、行きましょう」

頷いて歩き出した少年の後ろについて、私も歩き出す。
少年も私も、決して振り返らない。
堪えきれず少女が泣き崩れてしまったと、分かっていた。

陽の落ちた森の中は暗く、夜露が足元を濡らす。
少年は先ほどから、手にした人形を飽くなく見つめている。

「僕たち、約束をしたんだ」

ぽつりと少年が呟く。
私は目を細めて、問いかけた。

「約束ですか?」
「絶対に、エリーゼを迎えに行くって」
「そうでしたか……その姫の人形は?」
「エリーゼの友達だけど、代わりに連れていってねって」
「姫の心なのですね」
「うん」

別れの際に、少女から手渡された小さな人形。
それは、少女の心が代わりとなった形。
それは、少年と少女の大切な約束の形。

2人にとって、大きな意味を持っている。



あまりの純粋な心に願いたくなるが、そうもいかない。

――ちらりと、後ろを見やる。
先ほどから私たちを追いかける澱んだ気配。
2人が別れる原因となった時勢と、主の言葉を思い出し、
ひっそりと溜息をついた。

ついにガサリと、大きく茂みが揺れた。

「もし、お2人?」
「あっ」

突然に呼び止められ、メル様が驚いて振り向いた。
茂みから出てきたのは、松明を持つ2人の男。
フードを目深にかぶる怪しげな出で立ち。

私は静かにメル様の横に並び立ち、そっと肩を抱く。

「我々は賢女殿に用事があってやって来たのですが」
「お2人にご一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」

男たちの声の、酷く下卑た響き。

しかし、何ひとつ触れずに育ったメル様はまだ知らない。
世界の作為など――世間の悪意など。

「もちろん構いませ――」
「メル様」
「え?」

肩から手を離し、快く承諾しようとしたメル様を遮る。
少し不思議そうな顔をして、私を見やる。
男たちに背を向けて、メル様と目を合わせ微笑んだ。

「もうこんな時刻です。迎える主の支度もあるでしょうから、
 先に知らせに行って頂けますか?」
「そっか。じゃあ、案内を頼むよ」
「はい」
「よろしくね」

私の言葉にメル様は笑って頷き、男たちにひとつ頭を下げる。
胸に人形を抱え、軽い足取りで家へと戻っていった。
メル様が見えなくなってから、私は振り返る。

「それでは、ご案内致しましょう」
「ダンケシェーン」

歪んだ笑みを浮かべて、私に近づく男たち。
彼らが一歩を踏みしめる瞬間。
私は剣を抜き放ち、松明の柄を同時に切り落とす。
焔が足元に落ちるが、苔藻を満たす夜露が消し去る。

「な――」

男たちは呆然と足を止め――大げさに後ずさった。

「なあああっ!?」
「夜に喚くな、鬱陶しい」
「こっ、この女っ!」

男たちは、ようやく気がついたらしい。
私がメル様を先に行かせた理由を。
主のもとへ案内する気がまったくないことを。

「案内してやろう――宵闇へな」





石造りの階段を上がり、主が待つ部屋へと入った。
窓辺に立ち、夜空を見ていた主が振り返る。
客人が来るのだと、メル様から訊いていたはず。
しかし1人きりの私の姿を見て、主はひとつ瞬く。

それだけで全てを悟られた。

「お帰りなさい」
「はっ。ただいま戻りました」

溜息をつきながら、主は難しい顔で俯いた。
主としても、メル様に辛い思いをさせたくなかったろう。
それでも今は別れを告げるしかなかった。

宵闇に呑まれ始めている時勢――。
賢女と呼ばれ慕われる身は、危うくなっている。

運命と呼ぶには、あまりにも残酷に。


「――危ない所でしたね」
「奴らがいたのは森の浅い場所でしたが……
 深くまで立ち入ってくるのは、時間の問題でしょう」
「長居しすぎました。……メルはどうでしたか」
「お泣きになりませんでした」
「そうですか。あの子には光の道を歩んでほしい」
「はい」

嘆いてばかりはいられない。
宵闇が濃く深く染まり、迫りこようとも。
主も、私も――。





END.

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