「あーいってぇー」
首を回せばバキッだのボキッだのそんな音がする。
この間、寝違えてから肩が凝るようになった。
湿布張るの忘れてたからなあ……。
変な風に悪化しちまった。
凝り症にはなるまい! と密かに思ってたんだが。
「…………。」
ふと、俺をじっと見てくる目線に気づく。
顔を上げればいつものように、パイプ椅子に座る長門の姿。
ちなみに部室には俺と長門だけだ。
ハルヒはよく知らんが用事で遅れるらしく、朝比奈さんと古泉も
何かしらの外せない用事があって今日は休むらしい。
長門はやっぱりいつもの無表情。
――に、見えるのだろう、他のやつらからしたら。
でも俺には分かる。
冷静な無表情の中に静かながらも在るその感情が。
真っ直ぐなその目の中に宿る彩られた感情が。
インターフェースだとて、長門は長門という一つの存在。
“人間” と同じように心があるってのは当たり前の事だ。
今その目にあるのは、疑問と心配。
「大丈夫だ。最近、少し肩が凝るようになっちまっててな」
「……平均音数より大きい音がした。 “少し” には当てはまらない」
「俺にとってっていう意味だよ」
しかし長門は納得しかねるような雰囲気。
あー、やっぱ、痛ぇとか言わなきゃ良かったかもしれんな。
肩に拳を当ててぐりぐりと押す。
すると長門が手にしていた本を閉じて立ち上がる。
本をパイプ椅子に置くと、てこてこと俺に近づいてきた。
心なしか嬉しげだ。
「ん? どうかしたのか?」
「……肩叩き」
「……してくれんのか?」
こくり、と頷いた長門はやはり嬉しげである。
読書を止めてでも、俺の心配をしてくれるのはありがたいんだが。
――いや……ありがたいというより、嬉しいと言うべきか。
朝比奈さんや古泉の事があるから秘密にはしてるがな。
俺が長門と付き合っているということは。
でもまあ、どうせあいつらのことだ。
機関や何やらの事情で俺らの関係はすでに知っているだろう。
ハルヒに感づかれないようにしてるからか、何も言ってはこないが。
「じゃあ、よろしく頼む」
「分かった」
長門の小さい手が俺の両肩に置かれ、力が入れられる。
だがそこはやっぱり小柄な女子の力だ。
俺が自分でかるーく押しているのと同じくらいの力しかない。
だが、鋼鉄のごとくガチガチに凝り固まった俺の肩が徐々に徐々に
ほぐれていくような気がするのは、可愛い彼女に対する彼氏の欲目。
……というやつだろうか?
しかし長門といるとかなり和む。
ハルヒといる時のように何が起こるのかとハラハラせんですむし、
朝比奈さんにはとても癒されるが和みとは違う気がする。
古泉は言わずもがなだ。
長門だけには構えたり緊張したりしない。
SOS 団の中じゃあ、リラックスできるのは長門の傍だけだしな。
いつの頃からだったかは忘れたが。
「……どう?」
「おー効いてる効いてる」
「そう」
俺がそう答えると、長門の声のトーンが上がる。
それはかなり微々たる変化だったけどな。
「みくるちゃんと古泉君は帰っちゃったけど、ちゃんといるかしら、
有希! キョン! って……キョン、有希に何させてるのよ!」
バァンとドアを開けて、ようやくハルヒがやってくる。
こいつは静かに入るってのを覚えられんのかね。
機嫌は宜しかったようだが、俺と長門を見ると目を吊り上げた。
「……違う。私がやるって言った」
「へ? 有希が?」
「……辛そうだったから」
「そういえばキョン、最近親父くさく肩叩いてたものね」
おい、聞き捨てならんぞハルヒ。
同い年に向かって、親父くさいはかなり失礼だ。
「まあいいわ。じゃあキョン、お礼に今すぐジュース買ってきてよね。
有希とあたしの分。そうね……あたしはオレンジがいいわ」
「ちょっと待て。確かに長門にはおごるつもりだったが、何故お前にも
買わなきゃならん」
「何故ですって? あたしが団長だからよ!!」
また意味不明な事を言い出す奴だ。
でもまあ、ここで文句を言っても余計に怒らすだけだし……下手すりゃ
閉鎖空間を創っちまうかもしれないしな。
仕方ない、ハルヒの分も買ってくるか。
「わーったよ。サンキュ、長門。かなり楽になったぜ」
「……そう」
立ち上がって見下ろした長門は嬉しそうに答えた。
もちろん、ハルヒはパソコンの電源をつけていて気づかないが。
さて早く買ってくるとするか。
機嫌が悪くなったりしたら、また騒動が起こりかねんからな。
部室を出て歩き出した俺は胸ポケットから紙を取り出す。
それは一枚の真っ白な栞。
ハルヒが来た瞬間、長門が肩から滑らせてポケットに落としたもの。
ひらりと裏返してみればただ一言。
『今度の日曜日、一緒に図書館に行きたい。』
肩叩きしてくれた、可愛い恋人のためなら何のその。
これくらいの願い事なら、いくらでも叶えてやれるさ。
俺は “カミサマ” じゃないからな。
苦悩しても遅い。
俺はカミサマを選ばなかったのだから。