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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

桜演義(戦無2/幸三)

 
※幸村サイド


 





ひらひら
ひらひら

「慶次殿も、手加減してくれればいいものを……」

幸村は慶次としていた試合を思い出す。
いつもなら、自分もそんな失態などしないはずだ。
むしろ戦でそんな失態をしていたら、一瞬ののちに命を落とすだろう。

ひらひらと舞い降りてくる花びらが、手のひらに張り付く。
それに幸村はふと微笑み、剥がしてそよ風に乗せた。
桜はふわりと虚空に浮いて、また他の花びらの中へ消える。
馬の背にかけていた布を手に取り首を拭う。

戦乱の真っ只中だというのに、何をしてるのだろう。

それでも幸村が、仲間の心遣いを嬉しいと感じているのは確かだった。
そう感じていられることが、また幸村には不思議に感じられる。

とてつもない絶望を知った自分だというのに。
けれど今は、ここにしっかりと立っている。
この暖かな場所で、友や仲間とともに立っている。

まだ、崩れていない。

「三成殿……」

……っと……私はまた口にしてしまったか……。

幸村は無意識に呟いた言葉に苦笑しようとして、動きを止める。
きっと見間違いだろうと思ったが、それは現実だった。
思わず名前を口にしてしまった本人が、桜吹雪の向こうから幸村のことを
じっと見ていたのだから。

――石田三成。
幸村と兼続と義を誓い合った友だ。
秀吉の志を継いで、兵の上に立ち統率する姿は冷徹で隙がない。
だが鋭い眼差しだけが全てではないことを、幸村は知っている。
冷たい言葉を口にしても、本心とは違うのだと。
ただ、どう伝えたらいいのか、彼には分からないのだと。

目を見開く彼に、優しく微笑みかける。
すると珍しく驚きをあらわにして声を上げた。

「幸む、らっ……!?」
「散歩ですか? 桜がきれいですね」
「なっ……ど、どうした……その格好は……!?」

幸村は、戦あとの情報整理で最近少し張り詰めていたくらいなので、
三成が散歩をしているのならばちょうどいいかもしれないと思い、
戦の場では絶対にかけられないような言葉をかけてみる。
しかし三成はそれ以上に、幸村の悲惨な格好を見て近づいてきた。

先ほどよりはましになったが、確かにまだ酷いかもしれない。
髪や服の濡れはさっさと拭いたからか多少乾いてきた。
だが変色した腕のアザや裂けた服、顔の傷はそのままである。
戦をたった今終えた所のようにも見えるだろう。
驚くのが普通の格好を、幸村はしている。

「ああ、これですか……」
「何があった」

幸村はちらりと自分の格好を見下ろした。
できるなら話をしたくはないが……と思ったが相手は三成だ。
じろりと見上げてくる瞳は、やはり事情説明を求めている。
容赦なく突き刺さる視線に幸村は小さく嘆息した。
そして、情けない失態を話し始めた。

日課の鍛錬をしていた幸村と、散歩がてらに見物にきた慶次と兼続と左近。
そして誰が何を言い出したか忘れたが、することになった慶次との鍛錬。
軽く受けた自分を、今更になって幸村は恨めしく感じる。
長篠で助けられた日から、彼の性格は多少は知っていたはずなのに。
まさか刃を避けようとして、小石に足をとられ小川に落ちる。
そんなことまでは、幸村は思っていなかった。

話を進めていくうちに、三成の表情が変わる。
最初は真面目な顔で聞いていて、次に怪訝そうに眉がひそめられて。
結局、最後にかなり呆れた顔をした。
たったそれだけの表情を、幸村はとても嬉しく思う。
そしてそれと同時に、違う感情を抱かせる。

いつからだったか?
――友情が変化していたのは。

「……と、いうわけでして……」
「あいつら……。どこにもいないと思ったら馬鹿なことを……」
「いえ……情けない結果でお恥ずかしい限りです……」

話を締めくくる事の顛末。
ふーっと三成は脱力して深いため息をつく。
三成が自分のことを心配してくれているのなら、申し訳ないものの、
それも悪くないかもしれないと、少しだけそう思う幸村。

ばっと手持ち無沙汰にしていた布を、急に引ったくられた。
そう思ったら、今度はその布を強く押し付けられた。

「わ、ぷ」
「とにかくもっと拭け!! 傷も手当てしろ!!」

それはいつもの三成の口調だった。
けれど一瞬ひそめられた眉を、幸村は見逃さなかった。

……自分は知っている。
三成がたった今、幸村にした言動を悔いていること。
それが、幸村にはとても嬉しい。

「ありがとうございます」
「……っ」

三成が自分を心配してくれていることと、少しの間だけ布を受け取る時に
触れた手に、幸村は思わず照れてしまう。
嬉しさを上乗せして、にっこりと笑顔を向ける。
いつもしている幸村の当たり前な行動だ。
けれど三成の頬が、目に見えるほど急激な熱を持ったことに内心驚く。
動揺したように、三成はさっと目線を外して顔をそむけた。

……今のは……まさか。

幸村はどこか落ち着かない様子の三成を見下ろして、ゆっくりゆっくりと
瞬きを繰り返す。
嬉しい勘違いなのか、それともはたまた本当にそうなのだろうか?

深みにはまろうとした思考。
それを、三成の妙に上ずった声がずばりと一刀両断した。

「き、傷の手当てをしに行くぞ!!」

布を掴んでいた手を、がしっと掴まれて引っ張られる。
歩みはずかずかと速いが、掴む手にはあまり力は込められていない。
三成の精一杯の気遣いに幸村は静かに微笑む。

「……はい」

とりあえず今はこれでいい。

『ただ、見ていられなかった。俺が死んだら、俺との友情に生きると
 言ったお前は……どうなるのだろうと……』

もう言わせはしない。
戦が無くなり、長く続く平和が訪れたら、その時にはもう二度と。





「……おーい幸村ー、さっきは悪かったな……」

傷の手当てがし終わって、三成と別れたあと。
厩へと馬を返して手入れをしていると、どこか沈んだ雰囲気で
慶次がやってきた。
その後ろには何やら、複雑な表情をした兼続と左近がいる。

「いえ、私は別に構いません」
「……本当か?」

いつものなら、そうかと笑って終わらせる慶次。
今日は執拗に伺いだててくる様子に、内心首を傾げた。

「ええ、私も油断していましたし。――それに」
「……それに?」
「悪くありませんね、こういう日も」

何しろ、三成のあんな顔が見れたのだから。





END.

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