※女主人公
「あっ、いたいた! こったーろーさぁあーんっ!!!」
下から飛んできたのは、今日の快晴とても似合っている陽気な声。
小太郎がちらりと目線を向ける。
すると、ひょんひょんと飛ぶように上へとのぼってくる影がひとつ。
ちなみにここは、城と城下を見下ろせる小高い丘の上。
――に、生えている、とても高い大木の頂上付近の枝の上だ。
「よっと!」
軽々とここまで飛んできたのは少女。
深い青の装束と額にしっかり巻きつけた黒布。
黒い髪がさらさらと風に揺れる。
忍の少女は、にこにこと笑いながら小太郎の隣に立った。
そして周りを見渡して、歓声を上げた。
「うわ、すっごーい!! 小田原がぜーんぶ見えそう!! 小太郎さん、
ズルイですよ! こんな良い場所を独り占めして!!」
「……………………。」
小太郎の沈黙をまったく気にせず、楽しそうな少女はきゃらきゃらと
高い声を上げる。
「あ、でも良い場所すぎて逆に教えたくないかも……。すいません、
あたしなんかが見つけちゃって……」
しゅんとして、上目遣いで小太郎を見やる。
小太郎はまたしてもそれに沈黙を返す。
すると、少女は笑う。
「ねぇねぇ小太郎さん、他にこういう良い場所知ってますかっ!?
氏政のおじいちゃん……じゃない、氏政様とか五本槍とか、とにかく
他の人に見つからない場所っていうの!!」
「……………………。」
「小太郎さんって晴れた日に良く高い場所にいるから、良い場所を
いっぱい知ってそうです!!」
やはり、小太郎が返すのは沈黙。
だが少女は怒る事もせず、にこにこ笑っている。
少女は立っているのに飽きたのか、すとんと枝に座った。
そして機嫌良く、城下町を眺めている。
腕組みをはずすこともなく、小太郎は幹に背を預けて黙ったまま。
実はこんな光景は、小田原では別段珍しいものではなかった。
北条家に仕える伝説の忍と謳われる小太郎。
その小太郎の、ただ一人部下の位置にいるのはこの少女。
忍より忍らしい小太郎とは正反対で、明るく良く話す。
表情を隠すこともしなければ、感情を殺すこともまったくない。
言ってしまえば、忍には到底似つかわしくない性格なのだ。
しかし実績では、武田や上杉の忍にも劣りはしない。
どんな敵軍の偵察も、どんな軍略の密偵も、もちろん敵将の暗殺さえ、
仕えている主に依頼されればきちんとこなす。
だから、誰も何も言わないのだ。
沈黙しか返さない小太郎に話しかけて、一体何が面白いのかと。
「ねぇねぇ、小太郎さんっ! 次の依頼って、確か豊臣でしたよね?
おじい……じゃない、氏政様も結局、覚悟を決めちゃったんですねー。
前までは何か、ことなかれ~的な所はありましたけど」
「……………………。」
「何だか武田と上杉の忍も、色々と動いてるみたいですし。えーっと、
猿飛佐助さんと、かすがさんだったっけかな、あそこの忍? お2人に
先を越されないように、頑張らないといけませんねっ!」
「……………………。」
「でも、小太郎さんに勝てるわけないし気にしなくていっか~」
小太郎に向けていた目に宿す色を、ころころと変える。
そしてまた城下町を見やり、にここにと笑う。
じっ、とその姿を見下ろした小太郎は腕組みをはずす。
そして幹から静かに背を起こす。
足を枝から軽く離した。
「小太郎さん?」
きょとりと首を傾げ、少女は小太郎を見上げる。
隣の木の枝に移動した小太郎は、振り向く。
「……もしかして良い場所、案内してくれるんですか!?」
「……………………。」
小太郎は沈黙を返して隣の木へ飛ぶ。
今度は少女の方へは振り返らない。
ばっと立ち上がった少女は、満面の笑顔を浮かべた。
「わーい、やったーっ!! 小太郎さんの秘密の場所ーっ!!
行きます、行きます!! 地の果て海の果て空の果てー!!
小太郎さんと一緒ならどこでも行きますからー!!」
END.