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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

手を離していたのは望郷の 後(スレ/ゼルアメ)





「ゼルガディスさーん」

がさがさ、と木陰が揺れる。
そして音がやむと小柄な姿が現れた。
頭や肩の所々に葉がついている。
普通に歩いてくればそんな格好にはならないはずだ。
一体どんな場所を歩いてきたのか、想像するのが難しい。

……いや、色々と想像が出来ちまうからこそ、分からなくなると
いった方が正しいのかもしれんな。

お姫さんは最初はきょろきょろと辺りを見回していたが、やがて、
巡った視線が泉の傍に立つ俺を見つけた。
数回、大きな目が瞬く。

反応が楽しみな一方で、緊張と不安からか鼓動が高鳴る。
いつのまにか握っていたらしい拳がじっとりと汗ばんでいて、
気づいた瞬間思わず顔をしかめそうになった。

ちっ、何なんだ、このザマは?
さっきまでかなりの余裕があったってのに。

俺はやっとの思いで冷静な顔を保つ。

瞬いていた目が、ゆっくりと大きくなった。
零れそうだと思った瞬間、両拳でごしごしとこする。
いつもなら、あまりこすると腫れるぞと言って止めさせるだろう
アメリアの行為を俺はただ黙って見ていた。

こいつが何か言ってくれれば。
俺はきっと……その時こそ実感出来る。

何回もこすってから、アメリアは顔から手をそろそろと離す。
くるりと後ろを向いてから大きく深呼吸をする。
そして、勢いよく振り向いて数十歩先にいる俺を見た。
文字通り上から下までじっくりと視線を移動させて、最後に俺の目を
じっと見つめて問いかけてきた。

「ゼ……ゼル、ガディスさん……?」
「そうだ」
「ほ、本当の本当に、ゼルガディスさんですか?」
「ああそうだ、アメリア」

やっぱりアメリアも信じられなかったか。
うろたえる、戸惑う、困惑と期待。
色々な感情が複雑に交じりあう声が雄弁に語っている。
だが、俺と同じような反応でようやく実感を持てた。

アメリアにも俺の姿が見えている。

嘘でも幻でも夢でもない。
彼女に、現実の俺の姿が見えている。
還りたかった姿が。

彼女の目に。

戻れた実感が出てきたらもう耐えきれない。
呆然と立ちつくしたアメリアに駆け寄って腕を取った。
力任せに、それでも痣にならないような加減で引く。
いとも簡単に胸へとよろけてきたアメリアを抱きしめる。
ただただ湧き上がってくる歓喜を、腕の力に変える。
それでも折れてしまわないよう加減するだけの理性を残して、
腕の中にアメリアをかき抱いた。

「アメリ、ア……!」

何故だか不思議な気分だった。
高い所から飛び降りて、地面に落ちた所を何回も起こしてきた。
腕を引っ張られて急かされることなんて何回もあった。
攻撃をかばっていたり、持ち上げたりしたことだって何回もある。
こうして抱きしめたことなど数えきれない。



どうしてだ?

お前の目はずっと見つめてきたはずだ。
お前の声はずっと聞いてきたはずだ。
お前の体はずっと守ってきたはずなんだ。

どうしてだ? なあ、分かるか?

俺を見る青い目は、こんなにも澄んで輝いていたのか。
俺を呼ぶ高い声は、こんなにも明るく通っていたのか。
俺を抱く細い体は、こんなにも温かく小さかったのか。



アメリア。
初めてお前を抱きしめた気がするんだ。



「アメリア……アメリア……」
「ゼルガディスさん……本当にゼルガディスさん……!!」
「……アメリア」

名前を呼び続けていたおかげでアメリアもようやく本物だと
認識出来たのか、おそるおそる抱きついていた手がようやく
しっかりと背中に回されてくる。
それだけで遺跡の疑問など吹っ飛んでしまう俺も俺だ。
だが、やはりアメリアは原因が気になったらしい。
腕の中でもぞもぞと動いて、驚いたような顔を向けてきた。

「な、何でですか? ど、どうしていきなり……」
「分からん…遺跡を調べていたはずがいつのまにか外で倒れていて……
 目覚めてみて気づいたら、人間に戻っていたんだ」
「えええっ!?」
「まあ、もう一度あとで調べに行くさ」
「あとでって……」

どうせもう一度調べに行くにはちゃんとした準備が必要だ。
だとすると宿に帰って、待ちくたびれて怒っているだろうリナたちに
事情を説明してから、一緒に調べに来た方がいい。
また扉の所で外に吹っ飛ばされて、目覚めたらまたキメラに戻っていた。
さすがの俺でもそんなオチは絶対に体験したくないしな。

罠とかの類いだったなら昔の経験で俺の方が腕は上だとは思うが、
正直魔法関係だったならリナの方が腕は上に違いない。

――とはいえ。

「今はこうしていたいんだが、駄目か?」

わざと耳元で囁いて腕の力を少しだけ強くしてみる。
閉じ込めたせいで顔は見えなかったが、耳元が急激に赤く染まる。

「…………駄目じゃ、ありません」
「そうか。それは良かった」

アメリア、お前も戸惑ってるみたいだがな?
実際の所は俺もかなり戸惑ってるのさ。
初めてじゃないのに初めてのような気がしている。
どうして何もかも知らない気がしているんだろうな……。

「ゼルガディスさん」
「ん?」
「大好きです」

目が見開いていくのが分かる。
頭の片隅に、心の奥底に落ちた答え。
俺とお前のどっちが答えを知っていたのか。

それはもうどうでもいい。
納得できた。

“人間の俺” がアメリアを愛したのか。

そうか……知らなくて当たり前だったんだな。
知っていたのは “キメラの俺” だったんだから。

っは……どっちの姿もとうに俺なんだと割り切っていたくせに、
結局は別物なんだと俺自身が考えていたのか。
……いや、多分違う、な。

俺はアメリアに見えないように小さく苦笑した。
頭では割り切っていて、心は割り切れていなかったらしい。
こんな形で気がつくとは……俺も鈍くなったもんだ。

「ゼルガディスさん」
「分かってる」

ああ、ようやく分かったさ。

「愛してる、アメリア」

これでいいだろう、ゼルガディス=グレイワーズ。
これでようやくこいつを全てで愛してやれる。
ようやく全てを取り戻すことが出来た。
どこか不完全だった俺がこうしてお前を抱きしめることが。

愛せることが出来るんだからな。





END.

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