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黒犬倉庫

版権・オリジナル・ CP 小説中心。よろずジャンルなブログ(倉庫)。二次創作や、オリジナルキャラクターが主軸となる作品が多め。受け付けない方は閲覧はご自重下さい。原作者・出版社等の関係はありません。

手を離していたのは望郷の 前(スレ/ゼルアメ)





背中に伝わる大地。
吹き抜ける風。
揺れた枝葉。
流れる雲。
広がっている空。

気がつけば。
俺はぼんやりとそんな景色を眺めていた。



鳥のさえずりを遠くに聞きながら、寝転がったままの状態で
体に異常はないか探る。
痛む所はなく、怪我をした様子はなかった。
だが、いつのまに地面に倒れていたのか思い出せない。
ぼんやりとした思考回路を辿ってみる。

俺は確か森の中を探索していたはず。
そうだ、古びた遺跡を見つけたんだったな。

最初は盗賊どもの根城かと思ったりしたが、近くを見てみた限りでは
人の手は入っていなかった。
それで調査してみたいと、1人で中に入った。
人の手が入ってないにしてはホコリやカビの匂いがしない。
ゴブリンなどの気配もなければ罠もなかったんだ。
さすがに不可思議に思ったな。

一本道のような通路を辿って深奥についた。
鍵も封印もかかってない錆びついた重厚な扉。
罠の形跡がないか調べてから扉を開いた。



……そこで記憶が途切れている。
どうやって遺跡から出てきたのかも分からない。
開いたら発動するような罠だったのか?
扉を調べた時には気がつかなかったんだが。

溜息をつき、けだるい腕を持ち上げて髪をかきあげる。
ぐしゃりと髪を掴んでから眉を寄せた。
しまった…今のでかなり乱れたな。
針金に変わった俺の髪は、少しでも癖がついたりすると、ちょっとや
そっとの処置ではなかなか直らない。
下手に直そうとすると今度は別な癖がつく。

おいおい……いくら頭の回転が鈍くなってるとはいえ、長年の経験を
忘れるとはどうしたんだ。
ええ? ゼルガディスさんよ?

自嘲したみた所で癖が直るはずがない。
曲がった髪に触れようとした指先が何故か空ぶる。
……思ったより変な癖がついたか?
癖を探してみるが、やはり指先は何も触れない。
さすがにおかしいと思って腕を引っ込める。
いや、引っ込めようとして動きを止めた。

目の前にあるのは何だ?

白い布に覆われるのは何の変哲もない1本の腕だ。
袖から出ているのは白い指抜きの手袋に覆われた手首、掌、
そして分かれた5本の指先。
俺は手袋から出ている指先だけを凝視した。

色がおかしい――地面に触れていたからか?
形もおかしい――土がまとわりついているのか?

……これは何だ、これは何なんだ?
一体何が起こっているんだ?

一気に思考が廻る。
急に我に返った俺は勢いよく飛び起きて、混乱の衝動のまま
がむしゃらに手袋を脱ぎ捨てた。
手袋の中から現れたのは土でも何でもなかった。

肌色の、柔らかく固い手だ。

何だ……何が起こっているんだ?
どうして震えているのが “人の手” なんだ?
どうして血が通うのがよく分かるんだ?

掌を凝視してからゆっくりと裏返す。
変わらない肌色の骨ばった手の甲、伸びる指先、固い爪。
右手で左手に触れてみるとほのかに温かい。
それが体温であると分かったのはしばらくしてからだ。

今度は顔に触れてみる。
冷たくも固くもなく、温かな柔らかさ。
そのまま上に動かしていくと髪に触れた。
かきあげた時には気づかなかった柔らかな髪。
一房掴んで目に見える位置に持ってくれば焦げ茶色。
見慣れた銀の針金じゃない、懐かしさを感じる色。

知らずのうちに呼吸が荒くなる。
慌てて回りを見渡せば小さな泉を見つけた。

無様によろけながら泉に駆け寄って水に顔を映す。
現れたのは、まぎれもなく “人の顔” だった。
どこにもない岩肌が妙に不思議に思えた。

「……もど、れ……た…のか?」

ああ、声は変わっていなかったんだな。
何とも馬鹿らしくそんなことを考えてしまったのは、まだこれが、
現実だと思えないからだろうか。
呆然と顔に見入ってから、俺は後ろに倒れた。

背中に伝わる温かな匂いのする大地。
吹き抜けていく爽やかな風。
さわりと揺れた細い枝葉。
ただようように静かに流れる雲。
その向こうに広がる晴れた空。

俺はしっかりとそんな景色を眺めている。

どうして俺は気がつかなかったんだ?
こんなにも世界は鮮やかに見えていたってのに。
一つ一つの色がやけにくっきり見えてくる。
その中に俺がいるんだとようやく感じられた。

さえずっていた鳥が大空にはばたく。
赤い羽根がひらりと空に舞った。

「……見たかったん、だろうな……この景色を……」



憧れが募って募って暴走したんだな。
狂うほど恋焦がれたんだな。
壊したいと間違えるほどにこの景色を。

――未知の世界を。

俺より長い間、ずっと、光のない暗闇であの時が来るまで。
なあ……最期に見えたあんたの世界はどうだった?

「はっ……はははははっ……!

何に笑えているのか自分でもさっぱり分からん。
ただ、無性に笑いたくて仕方がないんだ。

自覚がないまま人間へと戻れた事になのか。
人生を変えた人間への今更の同情になのか。

それとも。
思っていたよりも冷静だった自分になのか。

ああ、これで俺の旅は終わったよ。
さあ、これから何を目標に生きていく?
時間はあるさ、とてつもなくな。



「……いや。時間はないか?」

目を瞬かせながら俺は苦笑して呟いた。

数ヶ月前、また偶然にも出会えた3人の仲間がいる。
腐れ縁も腐れ縁だなと笑い、また連れ立った。
早く町に戻らなければ駄目だな。
いつまで待たせるのかと殺される可能性がある。
やはり時間はない。

あいつらは俺の姿を見て何て言うだろう。
そう、きっと、かなり驚くだろうな。
ボケた旦那はきっと、相棒に知り合いかと聞くかもしれん。
驚きながらもスリッパで旦那を叩く光景が見える。
そしてあいつは――。

むくりと俺は起き上がる。

「……目標はあったんだったな」

そうだ、俺は忘れられない約束をした。
いつになるか分からないが、忘れない約束をした。
約束は果たさなければ。
俺は腰を上げて静かに大地を踏みしめる。
何にせよ町へ戻らないといけない。

ふいに声が聞こえてきた。
こっちへと近づいてくる気配がある。

どうにもタイミングが良すぎるんじゃないか?
想っていたら向こうからやってくるとは。
思わず口元が緩んだ。
あの声は、こんなに大きかったか?

「ゼールガーディスさーん、どーこでーすかー!」

この声はこんなにも明るかったか?

「リナさんたちが怒ってますよー! ゼルガディスさーん!」

この声はこんなにも愛しかったか?

「聞こえてたらすぐ返事をして下さーい!」
「……俺はここだ、アメリア」
「あっ!」

大きめの声を出すと、向こうも気がついたらしい。
気配がだんだん近くなってきて走る足音もしてくる。
もうすぐ木々の向こうから出てくるだろう。
そしたらあいつはどんな反応をする?

さあ、早く来いよ。





NEXT.

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