※BL
※09年雲雀誕生日記念
「……はあ……」
綱吉は今日、何回目になるか分からない溜息をついた。
のろのろと歩くのは学校までの道程。
学校に近づくにつれて、人通りは少なくなっていく。
それも当たり前だろう。
愛すべきゴールデン・ウィークなのだから。
ちらりと手荷物を見下ろして、綱吉は肩を落とす。
教科書の入っていない鞄がいつもより重く感じられる。
鞄の中にある荷物はたったひとつ――作りたての暖かいお弁当だ。
足取りさえ余計に重くなっていく気がした。
ことの起こりは、昨日の夜になる。
ゲームを終えてそろそろ寝ようと枕に頭を置いた瞬間、
いきなり鳴ったメールの着信音に綱吉は飛び起きた。
綱吉が持つケータイをこんな時間に鳴らすのは、ひとりしかいない。
ケータイを持つきっかけになった恋人の雲雀恭弥その人だ。
おそるおそる手に取ってメールを確認する。
そこに書かれていたのは、短い文章。
『明日、お昼にお弁当を作って応接室に持って来ること。
12時を1秒でも過ぎたら咬み殺すからね。』
ケータイを握りしめて驚愕の悲鳴を上げた綱吉が、眠ろうとしていた
リボーンに殴られたのは言うまでもない。
結局色々考えこんで眠れなかった綱吉は、不可抗力にも早起きをして
奈々に色々と教えてもらい、失敗しながらも何とかお弁当を作り上げた。
途中でビアンキが手伝うと言い出したり、ランボとイーピンが
いつものように乱入してきたりと大変だったのだが。
頑張って作りあげた時は、達成感があった。
味見をしてくれた奈々にもきちんと花丸をもらえた。
けれど、見た目としては卵焼きやウインナーが所々コゲていたし、
ハンバーグの形は何だかいびつで丸くもない。
フタを開けた時の雲雀のリアクションが、何より怖かった。
それでも冷凍食品なんてものを入れたら、余計に咬み殺されてしまう。
「……って、もうすぐ12時じゃないかあっ!」
ぼんやりと歩きすぎたせいか、時間はだいぶ迫ってきている。
覚悟を決めた綱吉はお弁当の中身が崩れないように鞄をしっかりと
抱きかかえて、学校に向かって走り出した。
ノックをして声をかけてから、静かにドアを開く。
書類に何か書きこんでいた手を止めて顔を上げた雲雀は、時計を見てから
綱吉の顔を見て笑った。
「12時ジャストだね。残念、咬み殺せない」
「か、咬み殺せなくて結構です! ……作ってきましたけど」
「作ってこなかったら咬み殺してる。入りなよ」
言われるままに中に入ってドアを閉める。
書類をまとめてから雲雀はソファに座り直し、隣を1回叩く。
ここに座れと言葉なく言われているのだとすぐに分かった綱吉は、何となく
気恥ずかしくなりながらもそっと隣に座った。
鞄からお弁当を取り出して、目線を逸らしながら雲雀に渡す。
極力、雲雀の方を見ないようにしながらそそくさと鞄から水筒を取り出して
コップにお茶を入れた。
かぱりと、フタを開ける音。
思わず綱吉の心臓が跳ね上がる。
「 (溜息つかれたらどうしよう。口に合わなかったらどうしよう。
鞄支えてたけど、中身崩れてたらどうすんのさー!!) 」
水筒を抱きしめる。
じわりと涙が出そうになって慌てて目を閉じる。
ふいに、温かなものが頭の上に乗ったのを感じて、綱吉は恐々と
目を開けながら、ゆっくり振り向いた。
頭に乗っているのは雲雀の手。
子供をあやすようによしよしと優しく撫ぜられ、綱吉は肩から力を抜く。
「良く出来てるじゃない」
「あ……ありがとう、ございます……」
綱吉はホッと安堵で胸を撫で下ろす。
幾分リラックスしてきた手で、お弁当の近くにコップを置いた。
雲雀はフォークを手にして、さっそく食べようとした。
おかずに手を伸ばしただけの行為だというのに、綱吉にはその動作が
スローモーションのようにも見えてしまう。
「わはははは! やーいやーい!」
「☆○□□△◇○!」
ガラリ、と勢いよく窓が開く。
笑い声とともに応接室に飛び込んできたのはランボ。
追いかけてきたのは怒り心頭に拳を振り上げるイーピン。
そのあとを、何故だかリボーンが追ってきた。
呆然とする綱吉の前で、ランボはイーピンに向かってベエッと舌を出す。
かわかわれて我慢しきれなくなったイーピンは、ランボに向かって握られた
拳を振るう。
ひょいっと軽々避けてみせたランボだったが、その衝動で足元がよろけて
ぐらりとリボーンの方へ倒れた。
リボーンは受け止めたり避けたりせずに、ただ腕を振るう。
その手に握られていたのはレオン・ハリセン。
スッパーン!! と良い音を響かせて叩かれたランボは、音に見劣りせず
かなり痛かったようで大声で泣き出した。
「ぐぴゃあああああ!」
髪に手を入れて、取り出したのは見慣れてしまった大きなバズーカ。
隣でガチャリと武器を手にする音がして、はっと我に返った綱吉は
青ざめ慌てて立ち上がった。
「ちょっ、止めろ、ランボ!!」
綱吉の制止は遅く、応接に響く爆発音とともに目の前が煙に包まれる。
しかし、開いたままの窓から煙がすぐに出ていって、うっすらと
周囲が見えてくる。
最初に目に入ったのは5歳のままのランボ、苦しそうに咳をするイーピン、
窓辺に佇むいつもの表情のリボーン、変わりのない自分の手。
嫌な予感がした。
とてつもなく嫌な予感がした。
「ね……ねえリボーン……俺、振り向くの嫌だな……」
「……ツナ。あとは任せたからな」
「ええええっ!?」
「じゃーな」
リボーンはそれだけ言い残すとランボを蹴って窓から飛ばして、
さっと片手を上げてみせたリボーンも窓から出て行く。
おろおろとしながら、イーピンも頭を下げてから出て行った。
――煙は完全に晴れる。
しん、と静まりかえる応接室で綱吉は固まった。
「 (振り返りたくない、振り返りたくない、振り返りたくない!) 」
「……ねえ」
「ははははははいぃっ!!」
一段と低くなった声に呼びかけられて、綱吉は勢いよく振り向いた。
機嫌の悪い顔でソファに座るのはスーツを着た男。
しかし何度もバズーカの悲劇を見てきた綱吉は、その男が10年バズーカに
当たってしまった雲雀恭弥であるということが分かっていた。
泣きそうな綱吉を一目見た雲雀は、小さく溜息をつく。
そして辺りをついっと見回してから問いかけた。
「ここ、10年前だよね?」
「そ……そうです。ご、ごめんなさい……」
「何に謝ってるの? 君がバズーカを撃ったの?」
「ち、違いますっ!!」
「それなら別に謝らなくていいよ」
肩をすくめた雲雀は自分の隣をひとつ叩いた。
先ほどと同じ動作に少し安心しながら、綱吉はソファに座りなおした。
「これ、君が作ったの?」
「あ、はい」
「……ふうん……」
何かを考えこむような顔をした雲雀は、やおら振り返ると綱吉の両脇の下に
手を入れて軽々と持ち上げる。
驚いた綱吉は次の瞬間にはすでに座りなおしていた。
雲雀の足の上に横向きで。
「ひひひ、雲雀さんっ!?」
「綱吉」
軽く口を開けてじっと綱吉を見やる雲雀。
唐突な行為にきょとんと首を傾げる綱吉に、雲雀は溜息をつく。
「何、ぼんやりしてるの」
「ひ……雲雀さん?」
「早くハンバーグくれる?」
ついっ、とお弁当を指差してからまた口を開く。
数秒後に意味を理解して、綱吉は顔を真っ赤に染めた。
目元だけで笑ってみせる雲雀に、おろおろとする綱吉だったが、
誰も助けてなどくれない状況に覚悟を決める。
落とさないようにお弁当を持ち、フォークに一口大に切ったハンバーグを
突き刺してゆっくりと雲雀の口に運ぶ。
ハンバーグを飲み込むまで綱吉は固唾を呑んで見守る。
綱吉のあまりにも必死な形相に、見下ろした雲雀は思わずといったように
くすりと笑みをこぼす。
「な、何で笑うんですかっ!?」
「顔が強張ってる。大丈夫、美味しいよ」
「……本当、ですか?」
「嘘を言ってると思うの?」
「い、いえ! そ……それなら……良かったです」
全身から力が抜けて、綱吉は思わず雲雀の胸元に寄りかかる。
しまった、と綱吉は思った。
だが慌てて離れるのも失礼だし、またすぐに離れるのもどこか淋しく感じ、
そのままでいた。
またくすりと笑う気配に、綱吉は少しだけ居心地悪い気がした。
雲雀は雲雀だ。
たとえ今の時代であれど、10年後であれど、雲雀恭弥という人物には
変わりないと綱吉は思っている。
けれどやはり時間の差というものはあるもので、今よりも断然余裕に
あしらわれている気がするのだ。
「綱吉、こっち向いてごらん」
「……何ですか?」
誘われるように上を向くと、間近にある雲雀の顔に体が固まる。
雲雀はまったく気にせずに綱吉に顔を近づけ、唇にほど近い頬に
キスをしかけてきた。
「っ!? ひひひ、ひば、雲雀、さっ……!! 」
「そろそろ5分か。美味しかったよ、綱吉。これから僕の誕生日には
お弁当を作り続けてよね」
「へ? あの――」
問いかけようとした瞬間、雲雀が煙に包まれる。
そして煙が晴れたそこにいたのは、中学生の雲雀だった。
何故か自分の膝の上にいる綱吉を少し驚いたように見つめていたが、
苛立たしげに溜息をついた。
10年後に戻ってきたことを理解したのだろう。
「雲雀さん……」
「……何となく予想はつくけどね。綱吉が僕の上に座ってたり、
ハンバーグもひとつだけ消えてることとか」
そこまで機嫌は悪くないようだが、どこか不満そうな顔をする雲雀。
何と言ったらいいか分からない綱吉は黙ってしまう。
――雲雀は雲雀。
ちゃんと綱吉には分かっていることなのであるが、雲雀にとっては
あまり好ましくないことらしい。
「癪だけど仕方ないね」
「雲雀さん……あの……」
「綱吉、ハンバーグちょうだい」
「……はい!」
軽く口を開けて待つ雲雀。
綱吉は思わず微笑んで頷いた。
「君のハンバーグの形と味、10年前と変わらないよね」
「な、何で覚えてるんですかっ!?」
END.