朝の光。
カーテンごしに差し込んでくる眩しさ。
ゼルガディスは毛布を手繰り寄せて、眉を寄せる。
秋も深まるこの季節は、岩の身体を余計に冷え込ませるのだ。
特に山が近いこの土地では。
けれど、いつもとは違うような気がした。
心なしか冷たいはずの身体が温かいような気がする。
……いや、気のせいではない。
己の身体に温かな何かがくっついているのだ。
数時間前まで資料を読み込んでいたせいで寝不足だったが、
しぶしぶながらゼルガディスは目を開ける。
寒さを覚悟して毛布をはぎ取り――唖然とした。
「はー、さむさむ……おは――よぉ?」
泊まっていた宿の一階にある食堂。
そこに身支度を整えて朝食を取りに、階段を降りてきたのはリナと
ガウリイ、そしてアメリアの三人。
すでにテーブルについて三人を待っていたのであろうゼルガディスを
見つけてリナが声をかけるが、その語尾は微妙なものへと変化した。
いつもより仏頂面をする、彼の膝の上に子供がいたからだ。
「ゼル……あんた……子供攫ってきたの?」
「そんなわけあるかっ!!」
「ま、そりゃそうだろうけど」
リナの問いにゼルガディスは怒鳴って否定した。
とりあえず三人はテーブルにつく。
そしてゼルガディスの膝に座る子供をよくよく見やる。
七歳くらいの子供は、ぱっと見やれば女の子であるのだと見間違うほどに
愛らしく可愛い顔だちをしていたが、近くでよく見てみると男の子だった。
肩上で揺れる、ふんわりとした茶髪。きらきらと光る大きな青い瞳。
法衣に似た、袖口の広い少し大きめの白い服。
「へえー。すごく可愛いじゃない」
「本当ですねー! お名前は何というんですか?」
どこか嬉しそうなアメリアが子供に問う。
しかし子供は、にっこり笑うだけで首を横に振るばかり。
はあっ、とゼルガディスは溜息をついた。
「朝、俺のベッドに潜りこんでいたんだが……何を聞いてもこれでな。
しかもこうして俺から離ようとしないんだ」
「懐かれてんなあ、ゼル!」
「……ガウリイ……そういう問題じゃない」
「そーか?」
何も考えていないだろう朗らかなガウリイの言葉に子供は頷くと、
楽しげな様子でぎゅうっとゼルガディスに抱きつく。
それにゼルガディスは、もう一度溜息をついた。
結局そのまま子供は離れず、ゼルガディスの膝の上で朝食を取った。
隣に座ったアメリアが頬についたソースを取ったりなど、
まるで母親のようにこまごまと世話をやいていたせいだろう。
他の客には和やかで温かな目を向けられていた。
注目されるはめになったゼルガディスは、いたたまれなかったが。
朝食を終えた五人は、一言も話そうとはしない子供がいるため
当初予定していた全員での外出は止めた。
子供をくっつけたままで外に出たくないと言うゼルガディスと、
便乗したアメリアは宿屋で待機していることにする。
リナはガウリイをつれて魔道士協会へ行き、その道すがら子供が
行方不明などになっていないか街で聞き込みをする事にした。
満場一致で決まった提案にゼルガディスは米神を押さえつつ、
朝の混乱でまとめそこねた資料を片付けに、部屋へと戻る。
もちろん子供も後を追い、アメリアもその後を追う。
それを見たゼルガディスは、まるでカルガモに似ていると考えた。
親ガモが自分であることを、不満にも思いながら。
「――あ……ゼルガディスさん」
「…………。」
「ゼルガディスさんったら」
「……ん、何だ?」
小さなアメリアの声を一瞬聞き逃す。
ジャンルごとに分けていた資料から目を離したゼルガディスは、
軽くアメリアの方を振り返る。
すると、少しだけ拗ねたような彼女と目があった。
ゼルガディスが首を傾げてみせると、アメリアは少しだけむぅっと
顔をしかめてからおおげさに怒らせていた肩を落とす。
そしてちょんちょんとベッドを指差した。
訝しげに眉を寄せながら、ゼルガディスベッドを見やる。
そして何故アメリアが声を抑えていたのか、ようやく気づいた。
朝食後だからか、秋のうららかな陽気のせいか。
はたまた幼さ特有の体質か。
ベッドの上に投げっぱなしにしていたゼルガディスのマントの中に、
いつのまにかすっぽりとくるまっている子供。
覗きこんでみれば穏やかな顔ですやすやと寝入っていた。
「何だ、寝ていたのか」
「疲れてたんでしょうか?」
「さあな……」
「本当に不思議な子ですねえ……この子」
「まったくだ。どこから入ってきたのかも不思議だったからな」
就寝前、ドアや窓にはしっかりと鍵をかけていたというのに、
朝になって目覚めてみると子供はそこにいた。
むろん気配さえ感じなかったのだ。
化かされるという現象などまったく信じていないにも関わらず、
子供の存在を考えるほどに、そういう気分に陥ってしまう。
「ゼルガディスさん」
「ん?」
「この子、ゼルガディスさんに似てません?」
ふいにアメリアが子供から、ちらりと視線を移した。
思いがけないその言葉に、ゼルガディスはしばし唖然とした。
「……どこが似てるんだ? 確かに……髪は元の色と同じだが」
陽に照らされているつやつやとした明るい茶。
鈍い銀色の針金とは違う、在りし日の己の髪の色。
しかしゼルガディスがキメラになってから出会ったアメリアは、いや、
リナとガウリイさえそんな事は知らないはずなのだ。
にこにこ機嫌よく笑っていた子供と、仏頂面を浮かべていた自分。
どこがどう似ているのかゼルガディスには分からない。
「髪の色は今知りましたけど……絶対似てますよっ! えーと、
言葉にすると難しいんですけど」
何だそれは、と思いながら真剣な顔で考えているアメリアを見る。
「ちょっとした動作というか、仕草というか……雰囲気というか……。
まるで、ゼルガディスさんがちっちゃくなったような感じです」
「……そうか?」
「はい。こうして寝てると本当にそっくりです」
「……分からんな」
「えへへっ」
ベッドに視線を戻したアメリアにつられて、腕を組んだゼルガディスも
すやすやと静かに寝息をたてている子供を眺めてみた。
確かに朝食の時のようにちゃんと起きて動いたりしている時は、
幼いながらもどこかしっかりとした内面を感じさせた。
しかしこうやって寝てしまうと、あどけなさしか感じない。
やはりゼルガディスは似ていると思えなかった。
むしろ――。
「アメリアに似てると思うんだがな……」
ぽつりとした呟きは、子供の寝顔を飽きる事なく見つめている
アメリアには届いていなかったようだ。
ふいに慌しい足音とともに、部屋のドアが勢いよく開く。
「お待たせ! 見つけたわよ、この子のお父さん」
「何だー、昼寝中だったのかぁ?」
V サインを作りながら部屋に入ってくるリナと、目をこすりこすり
ぼんやりとした顔で起き上がる子供に笑顔を向けるガウリイ。
そして二人の後ろから長身の父親が入ってきた。
子供と同じ茶色の髪と青い瞳。
微笑する男性に、ゼルガディスは何故か既視感を抱く。
リナとガウリイが誰を連れてきたのかをようやく理解した子供は、
はっきり目を覚ましてゼルガディスの後ろに隠れてしまう。
父親はそれを見ると、腕を組みながら溜息をついた。
「まったく、こんな遠くにまで一人でくる奴があるか」
「………………。」
「出かける時はせめて、短剣ぐらい装備しろと言っているだろう」
「………………。」
子供はゼルガディスの後ろでそっぽを向いたままだ。
首を傾げてそれを見ていた父親だが、まさかという顔をした。
「母さんから何も聞いていないのか?」
「…………?」
「お前の誕生日に仕事が入らないように、前日まで出来る限りの
仕事を詰めるから忙しくなると言っておいたんだが?」
唖然とした子供は、ぶんぶんと首を横に思いきり振ってみせる。
父親は深い溜息をつき、呆れた様子で額に手を当てた。
だが、どこかその表情には慣れているものが見受けられた。
「とにかく、お前の誕生日には仕事は入らないようにしたからな。
……さあ帰るぞ」
父親が小さく苦笑して手を伸ばしながらそう告げると、
子供はくしゃりと顔を歪めてゼルガディスの後ろから飛び出す。
そして泣き出しそうな勢いで父親に抱きついた。
肩を揺らす子供を片腕に抱き上げてぽんぽんと背中を叩きながら、
安心したようなゼルガディス達を見やる。
「息子が迷惑をかけたな」
「とんでもありません、いい子でしたよっ!」
にこにことアメリアが代表して答えると、父親は優しげに微笑む。
そしてもう一言だけ礼を言うと、部屋を出て行った。
ドアが完全に閉まる寸前、子供は父親の肩越しに満面の笑顔で
ばいばい、とゼルガディスとアメリアに手を振った。
「やれやれ……」
「でもお父さん見つかって本当に良かったですねー」
町外れに向かっていつもよりのんびりと歩いていた父親は、
腕の中の上機嫌な息子にふと話しかける。
「それにしても何でお前はここを選んだんだ?」
「ん、おとーさんと、おかーさんがみたかったから」
「……別にここじゃなくても、見れたと思うんだが……」
「このじかんじくがよかったの!」
子供はぎゅうっと父親に抱きつきながら胸の中で答えた。
だって。
このことがきっかけでおとーさんとおかーさんが
こいびとになるって、りなおねーちゃんが
おしえてくれたんだからね!!
END.