※ポケスペのイエローですが、お相手はゲームの『初代』レッド。
※初代レッドの設定はピクレっぽく。
その日、シロガネ山は珍しく良い天気に恵まれていた。
いつもなら多少ながら雪がちらついていたり、吹雪いていたり
天気が悪いことが多いのだが、柔らかな雲間からうっすらと
薄日が射している。
ピカチュウにせがまれて洞窟の外で一緒に雪だるまを作っていた
レッドは、ふと顔を上げた。
真っ白い雪の中に、見慣れない色が落ちている。
雪を丸めていた手を止めて、立ち上がる。
何となく興味を引かれてゆっくりと近くまで歩いていくと、
麦わら帽子がぽつんと落ちていた――ように見えた。
よくよく見やれば、麦わら帽子をかぶった少年が倒れていた。
――どうしよう。
シロガネ山にこもるようになってから、バトル以外ではあまり人と
接しなくなったレッドは思わず倒れる少年を前に眉をひそめて
考えこむ。
すると後を追ってきたピカチュウが少年を覗きこみ、レッドを見上げ、
ズボンを軽くひっぱりながら洞窟の方を指差した。
――そうか、とりあえず温めなきゃ……。
レッドはこくりと頷く。
両腕を使って落とさないよう慎重に少年を抱え上げると、
ぱさりと雪の上に麦わら帽子が落ちた。
そして、その中から金色のポニーテールが揺らめく。
――女の子?
思わず目を瞬かせたレッドだったが、麦わら帽子を拾ったピカチュウに
促されてひとまず洞窟の中へと移動した。
毛布を広げて少女にかけ、手早く焚き火を作る。
洞窟が暖まってくると少女の頬も赤く染まってきた。
その変化を見て、レッドは一安心する。
このシロガネ山の山頂にはあまり人が来ない。
来るのは連絡ひとつもしないことを心配するグリーンや、最近
知り合ったばかりであるが、諦めずに何度もバトルを挑みにくる
ヒビキやコトネぐらいだ。
とはいえ、グリーンはジムリーダーの仕事に追われていて、
ヒビキやコトネもそれぞれの旅をしているので頻繁には来ない。
洞窟の中にまで立ち寄ることもあまりないほどだ。
だからか、名前も知らない人間がこの洞窟で眠っていることが
レッドにとってどこか不思議であり、新鮮であり、眠る少女の顔を
飽きることなく見つめてしまう。
それが破られたのは、少女が眉をひそめた時。
思わずレッドは少女から視線を外した。
「う……ん……? あれ……ここ……?」
ゆっくり起き上がった少女は目をこすり、辺りを見回す。
そしてレッドを見つけて慌てだした。
「ふえっ!? あ、あの、えっと、すみませんっ!! あの、ぼ、
僕ってどうしたんでしょうか!?」
「…………」
きょろきょろとしながら慌てる少女が思いのほか微笑ましく、
笑い声をかみ殺しながらレッドは目を細めた。
だが、それを少女は別の解釈をしたようで肩を縮ませる。
「あ……えっと……」
「…………」
レッドはどう言葉をかけようか迷う。
幼い頃から無口であったがゆえに、こういう時にどんな言葉で
話しかければ良いのかまったく分からない。
すると、隣にいたピカチュウが焦れたのか少女に近づく。
「ピピカ、ピッカー。ピカピカ? ピッカチュウ」
「本当に? おかしいなあ……今日は何もしてないのに」
まるで会話をしているかのような光景に、少女とピカチュウを
見比べてレッドは唖然とする。
目の前の少女がする言動は、ポケモンの言葉を雰囲気から
察しているのではなく、きちんと受け取っているように思えた。
「ピカチュウ? ピッカー」
「……あ、そうだね。ちょっとぼんやりはしてたかなあ。こないだ
レッドさんが修行に行っちゃって」
「っ!」
少女の口から出てきた自分の名前に、レッドは息を呑む。
自分の名前を知っているということは、少女は噂を聞いてやってきた
挑戦者だろうか。
しかし、見るからに少女は挑戦者のような雰囲気ではない。
手荷物はなく、モンスターボールも所持していない。
挑戦者というより前に、何も装備しないままシロガネ山に来るなど
無謀極まりないだろう。
「ピッカ? ピカピ」
「え? 貴方も……レッドさんって言うんですか?」
「…………。」
驚いたように振り向く少女に、レッドはひとまず頷いてみせる。
少女が口にした名前は、同じ名前を持つ別の誰からしい。
そのことにようやく納得できたものの、何故だかレッドは少女が知る
レッドが自分ではないことに少しだけ不満を抱く。
――何でこんなに不満なんだろう。
レッドは内心首を傾げてみる。
けれど、どう考えても感情の答えが出なかった。
「僕も知り合いにレッドさんっていう人がいるんですよ。
すごい偶然ですね!」
「…………」
少し照れくさそうに笑う少女。
それを見たレッドは小さく手を握りしめた。
――僕だったらいいのに。
「でも、縁だったら素敵ですね」
少女の言葉に、レッドは目を瞬かせる。
自分は何も言っていないのに、どうして少女は分かったのか。
まさか心を覗く力でも持っているのだろうか。
レッドの驚きに気がついたのだろう、少女はわたわたと慌てた。
「あ、ご、ごめんなさい!! 驚きましたよね? えっと……僕って
ポケモンたちと長く暮らしてたせいなのか、何となくその人の
考えてることが分かるっていうか……」
「…………っ」
言葉にしなくても、言いたいことを分かってくれる。
ほんのりとレッドの心が温まっていく。
無口なことで感情が伝わらず、誤解されることが多かった。
それこそ分かってくれるのは母親や、幼馴染のグリーン、幼い頃から
お世話になっていたオーキド博士ぐらいだ。
それなのに。
見知らぬ少女が分かってくれた。
出会ったばかりの、自分の心を。
レッドは衝動的に少女を腕の中に閉じこめた。
「わあっ!?」
「…………」
「あ、の……レッドさん?」
自分のことを知らない少女。
それでも自然に分かってくれる少女。
嬉しくて、驚いて、怖くて、楽しくて――。
酷くごちゃまぜな感情を心の中に持てあましながらも、
初めて感じる複雑な心境は苦しくはなかった。
もっと感じてみたくて、レッドは少女を強く抱きしめる。
慌てていた少女も何となくレッドのことを読み取ったのか、
優しくレッドの背をぽんぽんと叩いた。
まるで幼い子供を相手にしているかのような行為。
けれど、穏やかな音にレッドはゆっくりと瞳を閉じた。
――あたたかい、な……。
しばらくレッドはそうして少女を抱きしめていたが、
少女が小さく身じろぎしたのを感じて腕を解いた。
レッドの胸からそろりと顔を上げた少女は、真剣な表情で
じっとレッドの表情を見つめたあとでふんわりと微笑む。
「もう、大丈夫ですね」
「…………?」
「全然寒くないでしょう?」
「…………」
レッドは少女を抱きしめていた両腕を見下ろしてみた。
少女から伝わってきた熱が、未だに残っている。
一つだけレッドが頷くと、少女は安堵の溜息をつく。
それからピカチュウから麦わら帽子を受け取って、ポニーテールを
中にしまってきちんとかぶり直した。
それは、少女が洞窟から出る合図。
温かさが急に冷えた気がしながらも、レッドは立ち上がる。
軽く服についたホコリをはらってから外に出た少女は、くるりと
振り返った。
「僕で良ければ、また遊びにきてもいいですか?」
「…………!」
その言葉に、レッドは無意識に強く頷いていた。
少女はにっこりと笑うと、軽く手を振って山を降りていく。
洞窟の前に残されたレッドは、麦わら帽子が見えなくなるまで
ずっとその場に立ち尽くして見送っていた。
やがて完全に真っ白な景色の中に麦わら帽子が消えた。
はあ……と、レッドは小さく息をつく。
――ひだまりみたいだった。
「ピカ、チュウ!」
「…………また……会えるかな……?」
「ピッ! ピカチュウ!」
「…………そう、だな」
また遊びにくる――。
静かに少女の言葉を信じていよう。
そうしたらきっとまた、雪の晴れた日に会える気がする。
レッドは空を仰いで微笑んだ。
END.