※09年ハリー誕生日記念
インターフォンの音が響いた。
ジェームズは飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻して、
ソファから立ち上がる。
玄関のドアを軽く開けると、そこには思った通り親友が立っていた。
「よう、来たぜ」
「……予想してたけど来るのが早いよ、シリウス。約束の時間まで、
あと2時間以上もあるじゃないか」
「予想してたなら別にいいだろ? ジェームズ」
「まったく」
快活に笑う親友に、ジェームズは苦笑する。
これではまるで立場が逆というものだ。
本来一般的に言うなら、こうまで浮き足立つのはシリウスよりも
ジェームズの方であるはずなのだから。
ジェームズはシリウスを家の中へ招く。
リビングへ通されたシリウスはソファに座らず、いそいそと
ベビーベッドへ近寄った。
ベッドに座る赤ん坊が、シリウスのことをきらきらとした大きな瞳で
見つめている。
顔を輝かせた赤ん坊は、サークルを掴んで立ち上がり、よたよたとした
足取りでシリウスに手を伸ばす。
その瞬間、シリウスは端整な顔立ちを笑み崩して、慣れた手つきで
赤ん坊を抱き上げた。
「しぃう、しぃうしゅー」
「ああ、久しぶりだな、ハリー! 元気だったか? 前よりも
言葉遣いが上手になったじゃないか」
「久しぶりって……君、1週間前にも来たよね」
「一週間も来なかったら、久しぶりに決まってるだろうが。ハリーに
忘れられてないかと心配で心配で……っ!」
「君は単身赴任中の父親か?」
呆れたようにつっこむジェームズを無視して、シリウスはハリーを
あやすことに専念する。
抱き上げられて、楽しげに声を上げるハリー。
とてもたどたどしげに、シリウスの名前を呼んで笑っている。
ジェームズより背が高いシリウスに抱き上げられると、目線がとても
高くなるので面白いのだろう。
こうしてシリウスが来ると、必ずハリーは抱っこをせがむ。
「しぃうしゅっ」
「ハリー♪」
溜息をつきながらジェームズはキッチンに行き、甘いものが苦手な
親友のためにアイスコーヒーを用意する。
悪戯でガムシロップを何個か入れてやろうかと思ったが、そうすると
仕返しに何をされるか分からない。
親友のやることは別に怖くはないが、しつこいので止めておく。
ひょいっ、と軽く肩をすくめたジェームズはガムシロップの置いてある
棚に伸ばしかけた手をゆっくりと引っ込めた。
リビングからは、二人の楽しげな笑い声が聞こえる。
ちらりと目線を向けながら、ジェームズは目を細めた。
――子供の名前を彼に決めて欲しい。
突発ではなく、学生時代の頃から思っていたことだ。
執着心をほとんど持っていないシリウス。
今はとても危うい時代であるとはいえ、その身でさえ友のために、
すでに失う覚悟すら持っているように見える。
そんな親友を、何か一つでも留めておけるようなこと。
だから大切な子供の名前を預けた。
「まあ、僕もリリーも実際、あそこまで親馬鹿になるとは全然
思ってなかったんだけど……嬉しい誤算ってやつかな?」
苦笑したジェームズは、グラスを持ってリビングに戻る。
すると、足元を何かが素早く駆けぬけていった。
足元を見るが何もない。
首を傾げながらシリウスを見やる。
何故だかとても感慨深げな、ひどく誇らしげな表情を顔に浮かべながら
ソファに座っている。
「そういえば、リリーはどうしたんだ?」
「リリーは買い物だよ。お菓子の材料が足りな――」
ことり、とグラスをシリウスがいる方に置く。
そして顔を上げたジェームズは、思わず目を瞬かせた。
「……シリウス、ハリーは?」
先ほどまでシリウスに抱っこされあやされて、とてもご機嫌だった
ハリーの姿が忽然と消えていた。
ぐるりと視線を移すが、ベッドはからっぽ。
ソファの上にもカーペットの上にも、どこにもいない。
ジェームズはもう一度、シリウスに目を向ける。
シリウスは笑顔で、部屋の向こう側を指差した。
ひゅんっ!
またも、足元を何かが駆け抜ける。
今度こそジェームズは、その姿を捉えることが出来た。
「きゃあうー♪」
浮遊の魔法がかけられた小さなおもちゃの箒にまたがり、
部屋の中をびゅんびゅん飛び回るハリーの姿。
唖然としたジェームズは、大きくあんぐりと口を開く。
箒の先には糸で何かが釣られている。
よくよく見てみれば、羽飾りがついた黄色のボール。
どうやらスニッチをあしらっているようだった。
「面白いだろ、あれ。こないだ出たばっかりの新商品でさ、迷わずに
ハリーのプレゼントはこれだと思って買ったんだ。ああやって
飛んでる間は手を離しても、落ちない安全設計になってるし。
シーカー、チェイサー、ビーター、キーパーの全種類あったんだが、
チェイサーはお前、ビーターは俺で、もうすでにいるだろ? だから
ハリーにはシーカー用だ」
ふるふる、とジェームズの肩が小刻みに震える。
ハリーの箒を追っていた目が、俯き加減に変わった。
ぐっと拳を握り。
がばりとジェームズは顔を上げた。
「素晴らしいよ、シリウス! いや、ハリーが素晴らしいよ!
こんな小さなうちから自由自在に飛びまわれるなんて、さすが
この僕の息子だよ!! これは才能だね、天才だよっ!!
このまま育ったらきっと、最年少シーカーになるだろうね!
優勝して寮杯獲って、卒業するまで不動のシーカーを成し遂げ、
ゆくゆくは有名なクィディッチ・チームからスカウトがくるんだ!!」
光を出さんばかりに、目をらんらんと輝かせながら、
ジェームズは自分の書斎から急いでカメラを持ってきて、
部屋の中をびゅんびゅん飛び回っているハリーを撮り始めた。
その横ではシリウスが腕をしっかり組みながら、ハリーの将来を
脳裏に思い描き、果てしない空想を繰り広げている。
さて――親馬鹿はシリウスなのか?
それともジェームズなのか?
リビングのドアが開き、ドサリと荷物の落ちる音がした。
はしゃぐジェームズと空想に浸るシリウスは、それに気づかない。
ぞくりとするような冷え冷えとした空気が流れる。
それでも、気づかない。
女性はにっこりと、天使の笑みを浮かべ。
鋭く切れ味のよい声を出した。
「早くハリーを降ろしてちょうだい、
そこの親馬鹿たち?」
何とかはしゃいで逃げ回るハリーを捕まえて箒から降ろした、親馬鹿な
ジェームズとシリウス。
けれど箒をとても気に入ってしまったハリーから、無理に取ろうとすると
ハリーがぐずってしまうことは見えていた。
なので、箒は未だにハリーの手の中で遊ばれている。
ハリー自身は、一番安全な場所――リリーの腕の中だった。
「シリウス、いくらうちのハリーが天才で凄い子だと言っても、
この子はまだ1歳なのよ? ちょっとは手加減してちょうだい。
そうじゃないと、今後一切うちの敷居は跨がせないわよ」
「……はい」
「ジェームズもジェームズよ。あんなに素敵なハリーの勇姿を写真に
残したいって気持ちは、私も分からなくはないの。だけど、もしも
何かにぶつかったら危ないでしょう?」
「……そうだね」
「せめて、何もない外の広い所でやってちょうだい」
「「……リリーの論点、そこ?」」
「あら、何か言ったかしら」
「「いいえ」」
ジェームズとシリウスは同時に首を振る。
それをハリーは分かっているのかいないのか、手をぱちぱちと
叩きながらきゃっきゃと笑っていた。
言いたいことを全て言い終えたリリーは、ようやく普通の笑みを浮かべた。
「だけどありがとう、シリウス。ハリーもご機嫌だわ」
「シリウスはハリーのことだと、絶対に外さないからね」
「ああ。気に入ってもらえて良かった」
母親の腕の中。
子供は父親と名付け親を見つめた。
「誕生日おめでとう、ハリー。僕たちの愛しい息子」
END.