口から零れる血も気にせずに、朔洵は首をかたむけた。
「ああ、出てきちゃったのかい……」
「外にはもう、わたくしに害なすものはありませぬゆえ」
「……そうかな……?」
「そうですとも。どうせお分かりなのでしょう? ――貴方が一番外に
出たがっていたくせに」
座敷牢では絶対に見せようとしなかった笑顔を浮かべながら、
琳音はそう言ってやる。
きっと朔洵には、自覚がないだろう。
珍しく、かすかに目を見開いている自分の姿には。
「気まぐれなことばかりして、本当にしたかったことはやらないで」
「……最期なのだから、少しは甘い言葉をおくれよ」
「誰がくれてやるもんですか。好きな人にも言われなかったくせに」
「……ぐさりときたよ」
「これを次の人生の教訓にすればいいわ。そうしたら、少しはこの世界が
楽しくなるんじゃないの?」
さわりと静かな夜風が、二人の間を通り抜けていく。
訪れた沈黙。
それは座敷牢の中にあった沈黙ではない。
暗い座敷牢にあったのは、のらりくらりと本音を話さない朔洵と、
彼と話をしたくもない琳音の静寂。
この沈黙は初めて違うと、断言出来るものだった。
「……最初から、その話し方が良かったなあ……」
「本音を話す人だったらね。私、本音を誤魔化す人、嫌いなの」
きっぱり断言する。
口はしだけで、朔洵は笑ってみせた。
「……残念だったな……初めて愛しい妹が出来たと思ったのに」
「犬猫みたいにされて、どこが嬉しいものですか」
「……ふふ、君を護りたかったのは本当なのだよ?」
「今更そんなことを言っても遅いです」
「……おやおや」
零れる血の量が増えている。
無理をして話させているからだと、琳音は分かっていた。
朔洵も分かっている上で、話をしている。
「せいぜい酷い人だと怒られなさい、目にも止めなかった子に」
「……ん?」
その言葉に、少し不思議そうな顔をする朔洵。
もうそろそろ秀麗が影月をつれて、ここへ戻ってくる頃だろう。
早く戻らなければならない。
「……君は名前を呼んでくれるかな?」
「兄上」
即答で答えたその呼称。
朔洵は嬉しげに顔をほころばせた。
NEXT.