「うう、寒い」
キンと冷えた廊下の空気。
授業の片付けを終えて教室を出たハリーは身震いした。
主に石造りの城であるホグワーツは、冬になるとひどく冷える。
もちろん教室や談話室は魔法や暖炉や暖かく保たれ、部屋のベッドには
しもべ妖精が熱い湯たんぽを入れてくれるが。
この時代に慣れてきた今はそうでもなくなってきたけれど、
元の時では夏だったために、感覚が狂いそうになることもあった。
「(風邪を引かないだけマシかもしれないけど……)」
自分も子供たちも、この時代では幸いにも体調を崩していない。
未来から来たとはいえ、特に身体的におかしな所はないと思っているが、
用心はしておく方が良いだろう。
特に自分の額の傷については色々と特殊だ。
跡が薄くなってきているとはいえ、疑問に思われたらやっかいである。
ハリーはそっと傷を撫でた。
「ホー」
「……ん?」
教室に背を向けて歩き出そうとした所で、ハリーは聞こえた声の方へ
視線を向ける。
いつの間にか近くの窓辺に梟がいた。
ハリーをじっと見上げてくるのは、雪のように真っ白な梟。
既視感を覚えたハリーは思わず息を止め、ゆっくりと梟へと近づく。
そっと静かに手を出してみると、梟は逃げもせず、逆に甘えるように
ハリーの手に頭を擦り寄らせた。
ふわりとした感触に蘇る遠い記憶。
かけがえのない友達であり、パートナーであり、家族だった。
どんな時も傍にいて、危険をかいくぐり、手紙の橋渡しをしてくれていた。
別れはあまりにも唐突で。
彼女は、初めての誕生日プレゼント。
――ヘドウィグ。
「……こんにちは。こんな所で、どうしたのかな?」
「ホーウ」
「ん?」
優しくハリーが話しかけてみると、梟はハリーの手を放れて足を示す。
毛並みで良く見えなかったが、そこには手紙がくくりつけてあった。
どうやらハリー当てのものを運んできてくれたらしい。
「失礼するよ」
そっと足から外してみる。
するとそれは、手紙というより折りたたみのカードのようなもの。
軽く開いてみると『休暇のことで話したいことがあるので、出来れば
校長室に来てほしい』という、校長からの簡潔な伝言だった。
夕食の時間まで特に用事はなく、このあとは部屋で次の課題の見直しを
するくらいだ。
ならば、このまま校長室へ向かってしまおうとハリーは決める。
ハリーはもう一度そっと梟を撫でた。
「届けてくれてありがとう」
梟はバサリと翼を広げる。
しかし窓辺から外へ飛び立つのではなく、何故かハリーの肩へと
移動してきた。
「……えっと……?」
「ホウ」
「小屋に戻らないのかい?」
「ホー!」
機嫌の良い様子で鳴いている梟は、ハリーから離れようとしない。
ハリーはしばらく驚きに目を瞬かせていたが、やがて苦笑するにとどまる。
ホグワーツの梟であれば、自分の好きな時に小屋へ帰るだろう。
好かれるのは素直に嬉しい。
その重みが懐かしく、とても暖かい。
「――あれ? 兄さん」
「ああ、テッド」
校長室に向かう途中、テッドに行き合う。
テッドの厚めのコートにマフラーをしっかりと巻いて、出かける洋装を
整えていた。
そういえば朝に出かけると言っていたことを、ハリーは思い出す。
「ホグズミードだね?」
「はい、そうです。少し材料など買い足しておかないといけないので。
しばらく出ますが、夕食の時間前には戻れると思いますから」
テッドは視線をずらす。
「それと兄さん……その梟は……?」
「校長から呼ばれていてね。今から向かう所なんだよ」
「なるほど」
「まだ雪は降っていないようだけど、気をつけて。急がなくていいから、
バタービールでも飲んでおいで」
「はい、そうします」
灰色の雲は厚く、今にも雪が降りだしそうな空模様だ。
テッドは梟をひと撫ですると、ハリーに頭を下げて外へと向かっていった。
テッドも話を聞いていて、ヘドウィグのことを知っている。
だから意味ありげな表情をしたのだろう。
ヘドウィグと見知らぬ梟を重ね合わせることは、さすがにハリーもしない。
けれど、似たような姿に思い出してしまうのは自然なことだ。
「心配させてしまったな」
首を傾げる梟に苦笑を返して、ハリーはまた、校長室へと歩み始めた。
NEXT.