授業が終わり、教室を出て廊下を歩いていたハリーは後ろから
呼び止められる。
階段から急いで降りてくるのはリリーだった。
「ハリー先生、こんにちは! 昨日の授業のことで聞きたいことが
あったので探していたんです!」
「分からない所があったかな?」
「いえ、私がちょっと疑問に思っただけで」
勉強に対して努力を怠らないリリーは、授業以外の時間にもこうして
質問にやって来る。
己の疑問点をきちんと理解し、どういった所が分からないのかを簡潔に
まとめてくるので時間も取らず、教師としても答えやすい。
そして質問したことは必ず身につけてくるので、ハリーは学生時代の
自分の勉強態度を思い返すと、頭が下がるばかりだ。
教師をして初めて分かったが、あんなに退屈だった授業は、大変なものだった。
学年に合わせて丹念に内容を練り、時間内におさめ、それを1年にまとめ、
課題と試験を作っていく。
授業に緊張感がありすぎても、中弛みしすぎても生徒はついてこないので、
何とか工夫する。
その上で授業内容の理解を求め、成長を促さなければならない。
リリーのように積極的に授業に参加してきてくれる生徒は、本当に少なく、
本当にありがたいことなのだと、ハリーはようやく実感した。
「どこだい?」
「ここなんですけど……」
ハリーが頷き返し、リリーがカバンから羊皮紙を取り出して広げる。
ふとハリーは眉をひそめ、さっとリリーの手を引いて階段から遠ざけた。
ダンッ!!
驚くリリーの真横に、上空から振ってくる人影。
それはシリウスだった。
「――ちょっ……! あっ、危ないじゃない、シリウス!!」
「うん? ああ、何だ。リリーとハリー先生か」
「何だじゃなくて……今のはリリーに怪我をさせる所だったんだよ、
シリウス」
何事もなく立ち上がったシリウスにリリーは詰め寄って怒るが、
シリウスはあっさりとしている。
思わずハリーが咎めると、ひょいっと肩をすくめてみせた。
「あー、悪い悪い。下見てなくて」
「だいたい何で上から落ちてくるのよ!」
「何でもなにも、スニベルスが追いかけてくるか――あ」
「シリウス……」
しまった、という表情をするシリウスは遅い。
「……貴方たちっ! またセブルスに何か悪戯したのねっ!!
ジェームズはどこ!?」
「やっべ! ハリー先生またな!!」
「待ちなさい!!」
ダッシュで逃げるシリウスのあとを、リリーが追いかけていく。
突発の怒りゆえか、反射的なものかは分からないが、授業の質問をするより、
ジェームズたちの悪戯の方が許せなかったらしい。
彼らの後ろ姿を見送りながら、長男は関わっているのだろうかとハリーは
思わず遠い目をしてしまう。
セブルスに懐いているらしい次男も、もしかしたら騒動に関わっているのかも
しれない。
ちょうど角を曲がってこようとしたテッドは、シリウスとリリーの突進を
間一髪で避けることが出来た。
「2人とも、廊下は全力疾走しないで!」
「「無理です!!」」
溜息をつくテッドに、ハリーは苦笑して歩き寄った。
「大丈夫かい? テディ」
「はい、大丈夫です。それにしても……良く、飽きないものですね」
「日常的だね」
「本当に」
ハリーが階段の手すりから階下を見下ろしてみると、同じように逃げていた
ジェームズとリーマスと合流したらしい。
足音と声が増え、騒動が大きくなっているのが分かる。
「さっきもリーマスさんとピーターさんにぶつかりそうになってしまって。
縦横無尽に走り回っているようです」
「多分、かく乱しようとしてるんだろうね」
双子も良くそうしていたことを思い出す。
セブルスはきっと、ジェームズだけを追いかけ回しているのだろうが。
「あ! パパにテディ」
階段をあがってきたルーナは2人を見つけて駆け寄ってくる。
廊下に誰もいないことを見てとって、甘えるようにハリーに抱きついてきた。
ハリーは微笑んで赤毛を撫でた。
「あのね、パパ。さっきジムお兄ちゃんが、すごく面白そうな顔して走って
いくのを見たわ。しかも、アルお兄ちゃんがそのあとを追っていってるの」
ルーナの言葉にハリーとテッドは思わず顔を見合わせる。
もちろん、すぐに同じ考えに辿りついた。
きっとジェームズたちの悪戯を面白がったジムが、彼らのあとを追い、
兄を止めるためにアルバスがそのあとを追っているのだろう。
そして偶然にも遭遇してしまったリリーが怒り、彼らを追いかけている。
「……今日は一体、何点ぐらい減点されるでしょうか?」
「出来たら明日、その分を取り返してくれるといいんだけどね」
「あたし、1日でこんなに減点も加点もされるのは初めて見るわ」
「ああ……そうだろうね」
「俺も初めて見るよ、ルーナ」
騒ぎはまだ終わらない。
NEXT.