「アルフォード先生、こんにちは!」
「こんにちは」
授業を終えたハリーはその足で生徒たちとすれ違いながら、厨房へと
向かっていた。
出迎えてくれたしもべ妖精たちに頼み、サンドイッチを中心とした軽食を
バスケットに詰めてもらう。
持たせようとしてくる飲み物は断って、バスケットだけ受け取った。
今日は子供たちそれぞれに予定が入っているらしく、テッドも1人
勉強のために外に出てしまっている。
久々の1人きりの時間をどうしようかと考えたすえに、ハリーは某所に
手紙を出してお茶の時間を過ごそうと考えた。
返事は快いもので、変わらない文字に嬉しくなってしまったほどだ。
ハリーは城をあとにし、迷いない足取りで進む。
そして辿りついた先にある大きなドアを懐かしみながら、軽くノックした。
「こんにちは。ハリーだけど、いるかい?」
声をかけると、すぐにドアが開いて髭モジャの大男の顔が覗く。
「おお! 待っちょったぞ!」
「やあ、ハグリッド」
満面の笑顔を見て、ハリーも笑顔を浮かべた。
ルビウス・ハグリッド――禁断の森の番人をしている巨人の彼は、
元の時代でも現役で森番を務めている。
ハリーにとってハグリッドは特別だった。
自分を魔法界へ誘うために現れた、初めて出会った魔法使いだったのだから。
ホグワーツに入学したあとも、ハグリッドはハリーを気にかけた。
何があっても、どんなことがあっても、ハグリッドはハリーのことを
信じ続け、涙を流し、戦ってもみせた。
それだけではない。
廃墟から赤子のハリーを連れて校長の元へ急ぎ向かってくれたのも、
まぎれもなくハグリッドなのだ。
わりと危険な魔法生物を飼おうとする趣味はさておき、ハグリッドは
今でもハリーたちの良き友人である。
「寒くなってきたね」
「今ちょうどお湯が沸きあがったとこでな」
「ありがとう。ああこれ、厨房でサンドイッチとかもらってきたから。
一緒に食べよう」
「しかし……いいんですかい?」
大人の姿でも大きいままのソファに腰かけていると、ハグリッドが
おずおずと尋ねる。
いきなり改まったような態度に首を傾げて、ハリーは振り向く。
「何がだい?」
「ハリーのような立派な先生は……ダンブルドア先生や他の先生たちと
一緒の方が、良いと思っちょってな……」
「何を言うかと思えば」
ハリーは思わず呆れかえってしまった。
“立派な先生” だとハグリッドは言うが、それは肩書きだけのこと。
正直、今回のような特別な事態に陥ったりしていなければ、教師という
目立つようなことをやるつもりなど、ハリーには毛頭ない。
それにハリーは教師がいかに尊く見えようと、彼らとて人間であることを
知っている。
たとえそれが誰であろうと、何を内に秘めていようと。
「ハグリッドは僕とお茶をするのは嫌だった?」
「そ、そんなことはないんだが……!」
「じゃあそれでいいじゃないか。他の先生たちとは会う機会は多いけど、
ハグリッドとはそんなに多くないだろう? こうしてお茶するのは
良い息抜きになるし」
「……そうか。なら、良かった」
ハグリッドもようやく納得したのか、肩から力を抜いた。
学生の頃のハリーたちは、あまりに気軽に遊びに行っていたので今まで
考えもしなかったが、教師ともなれば授業の準備から、授業態度や
テストの採点に始まり、押しかけてくる生徒の質問に答えたり、課題や
提出用の書類作成など、やることが大量にある。
そして森番であるハグリッドは城の中にいること事態があまりなく、
まだ教師ではないために大広間で食事をしないのだ。
つまり、こうして時間を作らなければ会う機会がほとんどない。
特にこの時代のハグリッドには、ハリーを気にかける理由がなかった。
ハグリッドに限らず、それは元の時代に親交があった人たち全てにおいて、
この時代ではそうなってしまうのだが。
ふと、ハリーはハグリッドの部屋が静かなように感じて、辺りを見回す。
多少のの新旧さや細かなもの以外には、元の時代と比べてもほとんど
変わることがない小屋のはず。
暖炉に目を移した所で、ハリーは違和感に気がついた。
「……ハグリッドは、何か、動物とか飼おうとか思わないのかい?」
「うん? 動物なあ」
差し出された紅茶を飲みながら、ぽつりとハリーは問いかける。
サンドイッチをつまんでいたハグリッドは特に疑問に思わなかったのか、
強く頷く。
「ドラゴンとかスクリュートとかは欲しいと思っちょる」
「……あーそれは是非、資格を取って、正規の手続きを済ませてからに
してほしいな……」
「わ、分かっちょるぞ」
「お願いするよ」
ごほんと咳払いをしたハグリッドは、今度は普通の答えを返した。
「わしの知り合いが犬を飼っとるんだが、もう少し大きくなったら
交配させるっちゅう話らしいんでな。生まれた仔犬の引き取り手が
なかったら、1匹貰えないか頼んでみようと思っちょる所だ」
――小屋に、ファングがいないのだ。
ハグリッドの飼っていた大型犬のファングは、冬場になると、外ではなく
暖炉の前で寝そべることが多かった。
ひとたびハリーたちが遊びにやってくれば、大きなしっぽを振って
寄ってきたものだ。
「貰えるといいね」
「ああ、楽しみだ」
NEXT.