雨のように降ってきていた質問攻めがふと途切れる。
その瞬間を逃さず、ルーナはにっこりと笑顔を浮かべて口を開いた。
「――すみません、先輩。あたし、そろそろ行かないと次の授業に
間に合わなくなってしまいます」
「あ、あら……そうね」
「ええ。それでは」
さらりと人ごみを抜けて歩き去りながら、ルーナは一息つく。
家族の情報を、何とか得ようとする上級生に呼び止められることは
未だに無くならない。
けれど笑顔と無難な応えで質問を交わして、隙あらばすぐに立ち去ることを
覚えてからは、何とか一人でも切り抜けられるようになった。
それでも先輩に対しては失礼のないように、また、受け答えを変だと
思われないように、応える時は気をつけなければならない。
ルーナにとっては、それが唯一慣れない緊張感だった。
日常生活で何が疲れるかといえば、それだけだ。
「ルーナ、こんにちは」
「リリー先輩 こんにちは!」
後ろから声をかけられ、ルーナは心からの笑顔で振り向いた。
同じように次の授業へ向かう所だったのか、教科書を腕に抱えたリリーが、
ルーナの方へ近づいてくる。
以前、上級生に囲まれて質問攻めにされて怖気づいてしまったルーナを
偶然助けたリリーは、ルーナのことを気にかけて、時々こうして
声をかけるようになった。
ルーナとしても、頼りになる女性の先輩が一人いてくれるだけで、
とても心強い。
元の時代で、ローズやビクトワールがそうであったように。
「ふふ、最近は大丈夫みたいね?」
「リリー先輩がやり方を教えてくれたからですよ。そうじゃなかったら、
ここまであたし1人じゃ出来なかったです」
「だって熱が冷めるのを待ってるだけじゃ、長引くでしょう?」
「本当にそうですね」
日常にするつもりがなくても、嫌ならこうすればいいのだとルーナに
こっそりとアドバイスしたのは、他の誰でもないリリーである。
ルーナとしても呼び止められることは諦めかけていたので、
リリーの教えを参考にして、多少は受け答えするようにしてみた。
そうすると不思議なもので、囲まれる回数がだんだんと減っていったのだ。
無難な応えとはいえ、身内から情報を得られて満足したのだろう。
表面だけの人気ならまだしも、時々本気の形相で情報を得ようと
詰め寄ってくる人がいることだけが、ルーナは少し心苦しくなるが。
答える情報に嘘はないのだが、ルーナとしては質問の内容に
困惑することも多い。
兄たちの趣味や好きな食べ物などを聞かれれば、すぐに答えられる。
しかし女性のタイプなどを聞かれても、そんなこと訊いたこともないので
よく分からない。
「ジムお兄ちゃんはまだ、友達とか、悪戯の方が好きっていう感じしか
しないです」
「あらあら……」
思ったことをリリーに話してみると、リリーは楽しそうに笑う。
「ジムって悪戯だけじゃなく、そういう所もジェームズそっくりなのね」
「えっ? でも……ジェームズ先輩はリリー先輩のこと……」
「あれはただのポーズよ。……まあ、嘘とまでは言わないわ。けれど、
私のことよりも大事なのは友達と悪戯なのよね……。シリウスの
場合は、きっとジェームズよりそれが強いのかもしれないけれど。
リーマスとピーターは悪戯じゃなく、友達かしらね」
「よく見てるんですね……」
断言するリリーに、思わずルーナが呟く。
リリーは少しだけ顔を赤く染めつつ、肩をすくめた。
「……見えちゃうものなのよ」
いつも凛としているリリーが何だかとても可愛く思えて、
ルーナは微笑む。
幼馴染のローズやビクトワールのことは、姉のように感じていたし、
憧れてもいた。
けれど今隣を歩くリリーに対しては、それとは違う。
確かに母や姉のような人で、とても憧れる。
それでも――ルーナは、純粋に自分に近しいような感覚を持っていた。
同じ赤毛で、同じ名前を持っている女性。
自分の名前に大いな意味を持つ女性であって、同じ血を持つ女性。
リリー・ルーナ・ポッターにとって、リリー・エヴァンスは特別に思えた。
ふとリリーが中庭を見て、目を見開く。
どうしたのかとリリーの横から窓を覗いてみる。
すると眼下にある中庭で、ジェームズたちがいつものように
セブルスのことを追い掛け回していた。
「またやってるわ!! ほんっとうに懲りないんだから……!!」
「先輩」
「ごめんなさい、ルーナ。ちょっと行ってくるわ」
リリーは肩を怒らせ、中庭に向かうために勢いよく駆け出した。
その場に1人、ぽつんと置いてけぼりにされてしまったルーナは、
思わず唖然としてしまう。
だが、くすくすと声をたてて笑ってしまった。
リリーは見えないフリをしている。
ポーズだと言って、自分より友達と悪戯が大事なのだと言い張って、
ジェームズの行為を軽いものだと押し返している。
ジェームズはそれを分かって、あえてそう振る舞っているのだろう。
それが無意識からか、確信的にしているかは、どっちにしろ笑顔で
誤魔化されてしまうだろうが。
父に訊いたら、ジェームズのことがもっと分かるのだろうか。
こうして目の前にまぎれもない本人たちがいるのに、ルーナは久々に、
父からとても大切な人たちの話が聴いてみたくなった。
「いいなあ……」
ルーナはぽつりとこぼした。
NEXT.