――結果から言えば、テッドの作った脱狼薬は成功だった。
半信半疑ながらも薬を受け入れたリーマスは、一週間ほど服用し、
満月の日を迎えた。
薬の成果を見るために、そして用心のために暴れ柳へリーマスと一緒に
同行したのは、万が一の時に対抗策を持つハリーとダンブルドア。
ハリーはテッドも暴れ柳へ同行させようかと思っていたのだが、
あまりの緊張で体調を崩しているリーマスよりも顔色が悪くなっていたので、
息子たちに寝かせるように頼んできた。
もうひとつ、ハリーには心配ごとがあった。
それは、ジェームズたちがすでにアニメーガスを習得しているのか、
していないのか――ハリーは知らなかったからだ。
アニメーガスを習得しているのならば、リーマスのために暴れ柳へと
来てしまう。
しかし、ハリーの心配は杞憂だった。
満月の数日前に彼らの悪戯がひょんなことでバレてしまい、一週間の
罰掃除を割り振られてしまったのだ。
今まで何度か途中で逃げられているらしく、教師の監視つき。
これではアニメーガスを習得していても、暴れ柳には来られないだろう。
叫びの屋敷につくと、変身するまでは1人でいたいと言うリーマスに頷き、
ハリーとダンブルドアは屋敷のドアの前でその時を待った。
しばらくすると、リーマスが苦しそうに呻き始める。
しかし、それもすぐに消えて、静寂が落ちた。
ハリーがドアを軽くノックする。
無言の答えにハリーとダンブルドアは視線を交わし、ドアを開く。
部屋の片隅に、小さく縮こまる1匹の人狼がいた。
そっとハリーが近づいて、目線を合わせる。
怖がるように大きくびくりと肩を揺らす人狼に、ハリーは優しく問いかけた。
「……リーマス。自我があるね?」
「…………。」
瞳を揺れ動かしながらも、人狼となったリーマスはそっと頷いた。
ハリーは微笑み、ダンブルドアは安堵の溜息をついた。
「う……」
朝陽が部屋に射しこみ、膝を抱えていたリーマスの姿が、人狼から人へ
変わりゆく。
ゆっくりと目を開けたリーマスは、まじまじと自分の手を見つめた。
にわかには信じられなかった。
脱狼薬のこともそうだが――本当に、人狼となっていた自分の手が、
何も傷つけずに夜を越えたことが。
爪は綺麗なままで、身体にも痛めつけた傷はなく、血は一滴も流れていない。
寝不足で頭がふらつき、変身したことで気だるさは残っているものの、
不調と呼べるものはそれだけだ。
「――リーマス」
放心していたリーマスの頭を、ダンブルドアが優しく撫ぜた。
ゆるゆると顔を上げたリーマスは、優しい笑みを浮かべる2人を見やる。
一番最初に、リーマスをホグワーツへ受け入れたのはダンブルドアだった。
次に真実を知り、受け入れて努力を重ねてくれているのは、親友たち。
そしてハリーとテッドが現れ、受け入れて薬を与えてくれた。
居場所をくれたのはダンブルドア、優しさをくれたのは親友たち、
そして人の心を取り戻してくれたのは――。
泣き疲れて気絶するように眠ってしまったリーマスを抱え、
ハリーは息をついた。
「……先生、本当にありがとうございました」
「わしこそ礼を言わねばならん……。わしはリーマスをホグワーツに
受け入れこそはしたが、“人狼”であることまでの処置は、暴れ柳の
ことくらいしか出来んかった」
「そんなことは――」
「わしはのう、ハリー。時折若さというものが懐かしくなるのじゃよ。
法も掟も関係がなく、ただ誰かを強く信じ、己の道を突き進むことが
出来る強さを持っておるのじゃから」
ダンブルドアの言葉に、ハリーは驚いて振り返る。
朝陽に照らされるアイスブルーの瞳は優しく、しかし大人の冷静さも
持ち合わせていた。
ハリーは思わず、ばつが悪い子供のような苦笑をしてしまった。
「……ああ……気づいていたんですね」
「何がじゃ?」
「いいえ、何でもありません。戻りましょうか」
「うむ」
ハリーがリーマスを寮へ連れていくわけにもいかず、普段と同じように
保健室のベッドへリーマスを寝かせる。
後のことをポンフリーに任せ、ダンブルドアと別れたハリーは部屋へ戻る。
「兄さん!」
私室のドアを開けた瞬間。
見張りである息子たちの手前、大人しくベッドに入ったものの、
結局一睡も出来なかったらしいテッドが飛び起きた。
「俺が、あの、兄さん、夜は、リーマスさんは?」
「ああほら……少し落ちついて。テディ」
「でも……!」
焦って言葉が続かないテッドに、ハリーは肩を叩いて落ちつかせる。
「大丈夫だよ、テディ。薬は良く効いて、怪我はひとつもない。
今は疲れて保健室で寝ているよ」
「あ――」
ハリーの言葉に、ハリーに詰め寄っていたテッドはふらりとよろけた。
慌ててテッドを支え、そっとベッドに座らせる。
テッドは両手に顔を覆い、強張っていた肩の力をがっくりと抜く。
「よか……った……!」
ハリーは泣き出しそうな声のテッドの頭を撫でながら、ひとつ
笑みを落とした。
NEXT.