テッドは掌をゆっくりと広げる。
ぽつんと転がる、一粒のキャンディを見つめながら溜息をついた。
数日前、用事を終えたテッドは校外から帰ってきた。
夕方には帰宅できる予定だったのだが、精神的に疲れていたせいか、
ホグワーツに着くと夕焼け空は紺色に染まりかけていた。
早く荷物を置いてこないと、また夕食に間に合わなくなってしまう。
急いでテッドは部屋に向かおうとしたのだが、ふと足が止まる。
一人ロビーの隅で壁に寄りかかって立っている、リーマスを見つけたのだ。
久々にリーマスの姿を見たテッドは驚くが、それに気がついたリーマスが
そっと近づいてくることに目を丸くした。
「えっと……リーマス、さん?」
テッドがおそるおそる呼びかけてみると、リーマスは少し眉根を寄せた。
リーマスのあまりにも不機嫌そうな表情を見て、内心で酷くテッドは
落胆する。
もちろん、怯えさせた日のことがあるため、仕方ないとも分かるが。
「……これ」
ようやくリーマスに握りこぶしをぐっと突きつけられてから、
テッドは慌てて手を添える。
その中からぽとりと掌に落ちてきたのは、見覚えのあるキャンディ。
思わず目を瞬いてキャンディを見ていると、リーマスはさっと踵を返して
城の中へと戻っていってしまった。
残されたのは荷物を抱えたテッドと、掌に残るキャンディのみ。
「やっぱり……いらないっていうこと、ですよね……」
一粒だけ返されたということは、他のチョコレートやキャンディは、
あの時言った通りに友達へ全て配ったのだろうか。
もう一度溜息をつくと同時に、ドアが軽くノックされる。
慌てて返事をすると、そっと開いたドアからハリーが顔を見せた。
「テディ、そろそろ行こうか」
「あ、はいっ」
「緊張してるね?」
苦笑したハリーに軽く肩を叩かれる。
ようやく、身体が強張っていたことにテッドは気がついた。
「それは……だって……!」
「うん、分かってるよ」
耐え切れなかったのかくすくすと笑うハリーに居心地が悪くなりながら、
テッドはテーブルに置いていた包みをそっと手に取った。
一方、校長室のソファにはリーマスが座っていた。
紅茶を飲みながら1人待っていると、ようやくダンブルドア校長が
部屋に戻ってきた。
けれど後ろには珍しくマクゴナガルもいて、リーマスは首を傾げる。
「おお、待たせたのう。リーマス」
「いえ……。あの、次の満月の話ですよね?」
少し戸惑いながらもリーマスがダンブルドアに尋ねてみると、
ダンブルドアとマクゴナガルは頷いた。
ソファに座って落ちついたダンブルドアが口を開く。
「しかしのう、今回は少しばかり聞いてもらいたいことがあるのでの」
「……何でしょうか……」
「うむ。その前にひとつだけ約束してほしい。これから話すことは、
まだ公に発表できることではないのじゃ。そして教師でも一部の者しか
知らぬ。よいかの?」
「は、はい」
真剣なダンブルドアの表情に、リーマスはごくりと喉を鳴らす。
しかし、ダンブルドアの隣に座っているマクゴナガルが浮かべる表情は、
真剣ながらもどこか穏やかで、部屋は奇妙な緊張感に満たされた。
リーマスの返事にダンブルドアはゆっくりと頷く。
「――脱狼薬という薬がある」
「だつろうやく……?」
「今は発表されておらんのじゃが、狼人間のために作られた薬じゃ。
満月より前から服用を始めれば、当日、狼に変身しても人の心のまま
保っていられるという」
「え……?」
静かなダンブルドアの説明。
リーマスは、ただ目を大きく見開くことしかできない。
――満月の日も人の心のままでいられる。
それはリーマスにとっては、夢というよりも、幻に近しい言葉だった。
満月に近づくと、徐々に引き摺られるように悪くなる体調。
冷たく鋭利な輝きの銀球に、身体の奥から灼熱の鼓動が湧き起こる。
どろりと思考が沈んで目の前が濃く染まれば、反転する世界。
歓喜と狂気に似た衝動に突き動かされ、精神が狂う。
罪を責める黄金の輝きに目覚めれば、小さな願いも踏み潰される。
血がこびりつく指、新たにできた傷が痛み、鉛のように重く傾ぐ身体。
ただ独りきりで見つめる絶望は、牢獄の中の静寂のようだった。
それなのに――。
「ひとの、こころの……まま?」
独りで痛みに耐える朝も、親友に牙を向ける日も、なくなる。
「……冗談……ですよね?」
「すぐに信じられないということは、分かっておるよ。じゃが……
彼らに応えてみてほしいとも、わしは思っておるのじゃ」
ダンブルドアの言葉に、リーマスがそっと視線を上げる。
すると、いつのまにかダンブルドアたちが座るソファの後ろに、
ハリーとテッドが立っていた。
ハリーは優しい微笑みを浮かべているが、テッドはどこか張り詰めた
表情をしている。
その表情が、満月を前にした自分のようだと、リーマスはふと気づく。
そのテッドから包みを大事そうに受け取ったダンブルドアは、
テーブルの上に置いて静かに布を解いた。
「これが――脱狼薬じゃ」
NEXT.