「ねえ。ここの所、テッド先生を見ないと思わない?」
就寝前、暖かな談話室で談笑していた時。
ふと思い出したように、リリーがそう言葉を零す。
紅茶を口に入れようとしていたリーマスの手がぴたりと固まるが、
一瞬の後にゆっくりとカップを傾けた。
羊皮紙に何か綴っていたシリウスが、ひょいっと顔を上げる。
「そうだったか? 授業は出てるじゃねえか」
「授業以外の時によ! 廊下ですれ違うこともないじゃない」
「さ、最近は食事の時にもいないよね?」
怪訝そうに言うシリウスに、リリーが眉をひそめながら首を振った。
それにピーターも、おずおずと言葉を重ねる。
腕組みをしながら考えていたジェームズも、同意する。
「言われてみれば、そうかもね。授業の時以外だと、見なくなったかも
しれないな」
「そうでしょう? どうしたのかしらね」
わいわいとテッドの話をする声を聞きながら、リーマスは紅茶に
視線を落とす。
こうして話題に出る前から、テッドの姿を見なくなってきていたことに、
リーマスは気がついていた。
何故なら、テッドが姿を見せなくなったのは、あの日――。
渡り廊下で会った後からなのだ。
関わらないように避けようと思ったあの日から。
ずきりと――何かがリーマスの中で痛む。
痛むのは罪悪か、良心か、後悔か。
それとも別のものか、リーマスにはよく分からない。
だから曖昧に微笑んだ。
「別の仕事でもしてるんじゃないかな……テッド先生は助手だし」
「あー、そうか。その可能性もあったね」
ぽむっとジェームズが手を打つ。
「明日は防衛術の授業もあるし、先生に訊いてみる?」
「そうだなあ」
ピーターの提案に、シリウスは羊皮紙を丸めながら頷く。
リーマスは微笑んだままでいながら、内心で少し憂鬱になった。
しかし、その憂鬱も杞憂で終わることになる。
「ハリー先生ー」
「ん?」
無事に授業が終わり、教卓で片付けをしていたハリーに声が飛んでくる。
ハリーが振り向いてみるといつもの五人――ジェームズ、シリウス、
リーマス、ピーター、リリーがいた。
とはいえ前に詰め寄っているのはジェームズとシリウス、後ろに
ピーター、さらにその後ろにリーマスとリリーがいるという構図だが。
場合によっては、リーマスとピーターの位置が逆でもある。
「ああ、どうしたんだい? 何か分からない所でも?」
「それを俺に向かって言う? 言うならピーターだろ?」
「ひどいよ!」
ニヤリと笑うシリウスに、ピーターがショックを受けて悲壮な顔をする。
苦笑する面々に肩を落とすのは、自分でも分かっているのだろう。
「そう言うことは言わない」
「すいまっせーん」
一応先生らしく言ってみせるハリーに、シリウスは軽い態度で謝る。
授業が終わったあとなので、その口調に口出しはしない。
ハリーは首を傾げながら続ける。
「それで、どうしたんだい?」
「いや、最近テッド先生を見なくなったなと思って。どうしたのか
今日訊いてみようって皆で話してたんだよ」
「それなのに今日は出てなかったから、ハリー先生に訊こうと思って」
「ああ……なるほど」
シリウスとジェームズの言葉に、ハリーは頷く。
確かにハリーも、そろそろ変だと気づく頃合かもしれないと思っていた。
今日の授業が始まる時、少し不思議そうな顔をして周りを見ていた
生徒の顔が多かったのも事実だ。
「テッドには、今は授業とは別のことをしてもらっているんだよ。
僕の代わりに校外にも出てもらったりしていてね」
「校外にも? だから食事の時とかいないのか」
「うん。外に出ると、どうしても帰りが遅れてしまうから」
「そうだったの……。じゃあ、リーマスが言った通りだったわね」
リーマスは小さく苦笑する。
「別に――ハリー先生が何も言ってなかったから、そうじゃないかなって」
ハリーはちらりとリーマスを見てから、くすりと笑う。
そして、少し肩をすくめる。
「今は校外にいるけれど、きっと夕方頃には帰ってくると思うよ」
「そうなんですか」
「見かけた時は声をかけてあげてほしいな。ああ、何か甘いものでも
あげると喜ぶよ。テッドは大の甘党だからね」
ハリーの進言に、ジェームズが笑った。
「テッド先生って甘党だったんだ。リーマスと一緒なんだね」
「げー。なんでそんなもん食えるんだか……」
「そんなもんって、シリウスは甘いもの嫌いだからじゃないの」
「あははははっ」
笑いあう陰で、リーマスはそっとポケットに手を忍ばせる。
こつりと指先に当たる硬い感触。
あの日、手渡されたキャンディが今も残っていた。
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