「あ、テディ」
「――アル」
ぼんやりとガラスに映る自分を眺めていたテッドは、その呼び声で
ふと我に返った。
振り向くと、きょとんとして目を瞬かせるアルバスがいた。
鈍い頭を慌てて切りかえて微笑んだテッドは、さっと格好を正す。
「こんにちは、アル。授業の帰りですか?」
テッドがそう訊くと、アルバスは眉をよせて困ったような顔をした。
「テッド……授業はとっくに終わってるよ。僕はこれから図書室に
本を返しにいくだけ」
「え……っ?」
慌てて腕時計を見やれば、アルバスの言う通り、午後の授業時間は
とっくの昔に過ぎてしまっていた。
青空が広がっていたはずの窓の外も、いつのまにか紺色に変わりつつある。
思わず額に手を当てて、テッドは溜息をつく。
これほど間の抜けた行為は、きっと学生時代以来だろう。
「兄さんは、俺のこと探してましたか?」
「……うーん……特に探してはいなかったかな。どこに行ったんだろう、
ぐらい」
「そうですか、良かった」
身近な人のことに聡いハリーだ。
きっと心配の域まで達していないようだが、多少は何かあったと
気がついているはず。
そんな風にハリーの状況を予想して、テッドは苦味の強い笑みを浮かべる。
決して、ハリーに子供扱いをされているわけではない。
もちろんいつもならば、気にかけてもらえることは嬉しいと思える。
しかし己の失敗で、相手に心配をかけている状況が、ただ居た堪れなく
気恥ずかしい。
「(……こんな心境だからかな……)」
テッドが思わず軽く溜息をつくと、アルバスは少し顔をしかめた。
そしてそっとテッドの頬に手を伸ばす。
アルバスの真剣な表情にぎくりと肩を揺らすテッドは、そっと鏡を
盗み見た。
けれど先ほどと同じ、まったく変わらぬ姿の自分が映っていて安堵する。
「えっと、アル? どうかしましたか?」
「……あのねテディ。父さんだけじゃないよ。僕も、兄さんも、
ルーナだって、テディのこと気にしてる」
「ちゃんと分かってますよ?」
「分かってない」
苦笑するテッドに、アルバスは首を振る。
「あのね、心配するのはテディが好きだからだよ? だって僕たち、
家族じゃないか」
きっぱりと言うアルバスに、テッドは束の間言葉を失う。
しかしすぐに笑みを溢してアルバスを抱きしめた。
「そうですね、そうですよね。ありがとうございます、アル。
とても元気が出ました」
「テディってすぐそういうこと忘れるんだから」
「ふふ、すみません」
そっとアルバスを離すと、ようやくアルバスは小さく笑った。
「さあ、行ってらっしゃい。早くしないとマダムに図書室を閉められて
しまいますよ?」
「うん!」
廊下を駆けていくアルバスを見送り、テッドはもう一度窓を振り返る。
安堵した、変わらぬ姿がそこにある。
自分が秘密を持っているということに、きっと子供たちはとっくに
気がついているだろう。
その秘密をハリーが知り、子供たちだけ知らないということにも。
――家族じゃないか。
たった一言が、不安に揺れたテッドの心を容易く落ち着かせた。
子供たちはテッドの姿が変わったとしても、少し驚くだけで
受けれいれてくれる。
そうだと考えることが出来る。
「(いつか――ちゃんと打ち明けたい)」
家族だと呼んでくれ、子供たちに――持っている『能力』のことを。
そろそろ戻ろうかとテッドが窓から離れると、アルバスが来た方向とは
反対から、誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。
少しだけ待ってみると、角を曲がって現れたのはグリフィンドール生。
小柄で背の小さい、くすんだ金髪の青年だった。
「……あっ……」
「こんな時間にどうかしたのかい?」
テッドに気がついて目を見張った青年は、驚いたのか走っていた足を
ぴたりと止めてしまう。
青ざめた顔色を見たテッドは、優しく微笑みながら問う。
うろうろと視線を彷徨わせた青年は、小さく答える。
「あ、あのっ……と、友達が、ずっと……寮に帰ってこなくて……」
「まさか――リーマス・ルーピンさん?」
「知ってるんですか!?」
するりと口から出た名前に、少年は必死な顔でテッドを仰ぎ見た。
テッドはひとつ頷く。
「昼間にですが――ジェームズさんやシリウスさんも探しているんですか?」
「はい、皆で……」
「私が最後に見たのは、裏口のある渡り廊下です。今もまだそこに
いるとは限りませんが……早く行ってあげなさい」
「は、はい! ありがとうございます! テッド先生!」
大きく頷いた青年は、慌てて渡り廊下の方へ進路を変えて走り出した。
少し危なっかしい走り方ではあるものの、とても必死だと
分かるような表情とスピード。
今度は見えなくなるまで青年の背を見送ったあとで、ゆっくり歩き出す。
テッドの心は妙に凪いでいた。
青年の――ピーター・ペティグリューの真っ直ぐな瞳を見たからだろうか。
「彼があのまま、友人思いのままでいてくれれば」
NEXT.