明日の授業の用意を終えたハリーは、手伝ってくれていたテッドを
見やった。
テーブルの上を整理していたテッドは、すぐにハリーの視線に気づく。
テッドは片付けの手を止め、振り返った。
「どうかしましたか? 兄さん」
ハリーはじっとテッドの顔を見ていたが、少し首を傾げて言う。
「テッド」
「……はい?」
「まだ心配ごとがあるんだね」
ハリーの言葉に、テッドは思わず言葉をなくす。
けれど、小さく苦笑した。
「ふふ……。やっぱり兄さんには適わないですね……」
ゆっくりとテッドはハリーに歩み寄り、肩にぽすりと頭を預ける。
ハリーはその珍しい行動に、少しだけ目を丸めた。
普段のテッドは、滅多に人に甘えてこない。
逆に子供たちを甘やかしたり、甘えさせたりする役割である。
それは、近しい子供たちの中でただ一人成人しているためであり、
生真面目な性格であるためだ。
だからこそハリーは何も言わずに微笑み、テッドの好きにさせた。
テッドは頭を預けたまま、ぽつりとこぼす。
「俺……今日、リーマスさんと鉢合わせたんです。裏口のある
渡り廊下で……」
何故その場所か訊き返そうとしたハリーは、ふと思い出す。
学校を抜け出す際に、親友たちと走ったルート。
カレンダーで日にちを確認するまでもない。
――昨夜は満月だ。
「彼を、怯えさせてしまったんです」
テッドは顔をしかめて、ぎゅっと瞼を閉じる。
悪気ない一歩。
それが少年に衝撃を与えた。
少年は大きく肩を揺らし、今にも倒れそうな身体を硬直させて、
動揺していた。
愕然と、呆然と見開いた暗い鳶色の瞳。
そこに渦巻いていたのは、困惑と戸惑い、恐怖と憤慨、羞恥と嘆き。
傷ついた姿を目の当たりにされ、瑕ついた矜持。
「兄さん、どうしよう。どうしたらいい?」
ひどく苦しげに、テッドは吐き出す。
「会いたかったのに……俺、あんな顔をさせてしまった……!!」
「テディ……」
じわじわと熱を持っていく肩。
ハリーは痛ましげに顔をゆがめて、緩やかにテッドを抱きしめる。
ゆったりと背中をぽんぽんと叩けば、余計に肩の熱が増した。
しばらくすると、テッドの震えていた体が落ちついてきた。
ゆっくりと腕を解いたハリーが、そっと顔を覗きこむ。
テッドは瞳を赤く腫らしているものの、もう泣いてはいなかった。
「その……ご、ごめんなさい、兄さん……」
「何を謝ってるんだい?」
「……いえ」
小さく首を振るテッド。
くしゃりと頭を撫でると、テッドは気恥ずかしげにハリーから
顔を逸らす。
久しく見なかった子供らしい姿が続いていることに、ハリーは微笑んだ。
「テディ」
ハリーは笑みを消して視線を合わせる。
するとテッドは、今度は目を逸らさずにしっかりと向き合った。
「はい」
「どうしたらいいと、言ったね。テディは、どうして、傷つけたか
分かってるんだね?」
「……はい」
「それじゃあ、テディはやれることをしなさい。テディと彼にとって、
一番いいことを」
その言葉に、不安そうにテディに瞳が揺れる。
「分からないかい?」
「はい……。今すぐには……」
「そうだね」
少しだけ困ったようなテッドに、ハリーは頷く。
“やれること”など、ほんの一握りだけだと、ハリーは熟知している。
誰かのため。
そう豪語されるものほど、必要とされなければ空回りするものだ。
忘れもしないが、昔、誰ひとり知り合いでもない団体が
『英雄支援金』というふざけた募金活動をしていたことがあった。
ハリーは憤慨した仲間たちと、即刻止めさせたのだ。
なりたくて『英雄』になったわけじゃない。
生まれつき象徴されていたハリーも、共に戦いつくした仲間たちも、
戦いで大切なひとを失ったひとたちも。
自分たちは『英雄』になりたくて、あの戦いを乗り越えたわけじゃなかった。
幼い頃から欲しかったものは、名声でも地位でもない。
――本当は。
「いつかテディに教えるつもりだったけれど、ちょっと早くなったと
思ってもいいかな。僕も卒業してからロンと一緒にハーマイオニーから
教わったんだし」
「えっと……兄さん? 何を……」
「本当はこの時代にないもの。だから、校長には言わないといけないけど」
きっと許してくれるだろう。
彼を入学させるために、柳を植えたようなひとだから。
「テディ。ひとつだけ、彼に必要なことを覚えてみるかい?」
NEXT.