ハリーたち家族が過去のホグワーツに来てしまってから、
何だかんだで、はや1週間が過ぎた。
会話上手で明るく、見ていて飽きないジム。
優しくて偏見がなく、誰でも態度を変えないアルバス。
真面目で愛らしくて、いつも一生懸命なルーナ。
授業が斬新で、どこの寮でも贔屓をしないハリー。
そんな彼らがホグワーツで打ち解けられないはずもなく、
まるでずっとここにいたような雰囲気で日々を過ごしている。
「(まあ……少なくとも俺は違うけど……)」
手すりにもたれたテッドは小さく苦笑しつつ、軽く溜息をついた。
もちろん自分もうまくやれていると、テッドは思う。
そして、以前ハリーに教えてもらった言葉を思い出した。
今の立場はマグルでいう、“キョウイク・ジッシュウセイ”というものだろうか。
ハリーの助手であり、ジムたちの兄のような存在を、生徒や教師たちも
ちゃんと受け入れてくれている。
「……どうしてかな……」
――それでも。
テッドは、どこか自分だけが浮いてしまっている気がしていた。
ハリーやジム、アルバス、ルーナとの生活や関係などは変わらない。
教師になるためにしている勉強も、今までと変わらない。
もしかしたらビクトワールが傍にいないからか――という考えもしたが、
すぐにその考えを打ち消した。
あの婚約者は父親に似て才色兼備であり、母親に似て強く立派な心根を持つ。
テッドにしてもビクトワールにしても、相手が常に自分の傍にいなければ
駄目になってしまうという質ではなかった。
「(……どうして、こんなにも落ちつかないんだろう……?)」
ローブのポケットからラッピングされた一口サイズのチョコレートを取り出し、
ぽいっと口の中に放り込む。
それはまだホグワーツに通っていた頃、ハリーに教えてもらったことだった。
うまく感情コントロールが出来なかったり、面倒なことや煩わしいことに
振り回されて落ちこむことが多かったテッドに、ハリーはたまたま持っていた
チョコレートを口の中に放り込んで、優しく言ったのだ。
煮詰まってしまったら甘いものを食べるといい、と。
じんわりと溶けていくチョコレートの甘さに、ぐちゃぐちゃに荒れていた
頭と心がゆっくり落ちついていくのが分かった。
その時からテッドは、甘いものを常に持ち歩くようにしている。
今となっては、意識せずともポケットに甘いものが入っているのだが。
チョコレートを飲み込んだ所で、ふいに背後で扉の開く音がする。
「兄さん?」
「……っ……!?」
ハリーが呼びにきたのかと振り返ってみると、扉を閉めた生徒と目があった。
テッドがここにいるとは思わなかったのだろう――リーマスは驚いた表情で
硬直した。
リーマスにつられるようにして、テッドも目を見開いていた。
土と埃で薄汚れている制服、ボサボサに乱れて整えられていない髪、
唇が切れたのか乾いた血のついた顎。
これだけであれば大喧嘩したあとのような格好だが、硬直しているリーマスの
顔色は青白さを通り越して土気色になっていた。
一歩でも動けば倒れてしまいそうにも見える。
テッドが眉をひそめて近づくと、リーマスの肩がびくりと震えた。
大袈裟な動きに戸惑ったテッドはようやく、どうしてリーマスが
酷い格好をしていたのか気がついた。
ここは時計塔のある城の一角と、教室や寮のある城の一角とを繋ぐ渡り廊下。
時計塔の方には実験室や実技室があり、そして保健室もある。
そしてリーマスが現れた渡り廊下に設置されているドアは、裏口を担っている。
テッドは視線をずらして外を眺める。
裏口を出て坂を下りた近くにはハグリッドの小屋が、そこを通り抜けた
グラウンドの真ん中にぽつんとあるのは――。
テッドは腰をおり、硬直したままのリーマスと目を合わせる。
ポケットから今度はキャンディを取り出して、たじろぐリーマスの口に
ぽいっと放り込む。
「むぐっ?」
「バスタースカッチ・キャンディです。俺のポケット、色々入ってますから」
突然のことに目を白黒させているリーマスの両手を取って広げさせると、
テッドはポケットから取り出したキャンディやチョコレートをバラバラと
乗せる。
大きさは全て一口サイズで、つまむ程度にはちょうどいい。
「ランチの時間にはまだ少し早いですからね。一人で食べるのもよし、
友達とわけるのもよし。色々煮詰まってしまった時に甘いものを食べると、
安心しますから」
「…………。」
「午後も体調が優れないなら、無理をせずに寮に帰って寝て下さいね」
優しく微笑みを浮かべたテッドは、そのままリーマスから離れる。
まさか誰かに会うと思っていなかった隙――たとえ意図せずとも油断を
つかれた居心地の悪さは、テッドは過去によく知っていた。
リーマスはこれから保健室に向かって手当てを受けるのだろうが、
5年生になるまでは今以上に精神的に不安定になって、酷く怪我をして
疲弊しきっていたのだろう。
――満月が昇る時期は。
こうしてリーマスの姿を目にするまでは、テッドにあまり実感はなかった。
ジェームズたちといる時には、とても楽しそうに笑っていたから。
ふと、テッドは窓ガラスに映った自分を見る。
陽光の加減で髪色が変わったようにみえて、思わず頭に手を添えた。
「(あれ? ああ……何だ、そういうことなんだ……)」
リーマスの体質を知るのはジェームズたちはもとより、教師たちも
承知のことだ。
そしてテッドの体質を知るのは、ハリーと彼の妻、ビクトワールと祖父、
ことあるごとに顔を見にくる騎士団のメンバーたち。
今の時代では、ハリーだけ。
「……俺のこと……知られるの怖かったんだな……」
NEXT.