「ハリー先生、トンクス先生……」
ぽかんとした表情でハリーを見ていたジェームズだったが、
ようやく自分に何が起きたのか呑みこめてきた。
何せ彼はたった今、目の前でその呪文を使っていたのだから。
「なるほど――ボガート……ですか……」
「まさか、あんなにも引っかかってくれるとは、さすがに思って
なかったんだけどね。大掛かりな悪戯も良いけど、時にはこれぐらい
シンプルなことの方が意表をつくものだよ」
ハリーはくすくすと笑いながら、肩をすくめてみせる。
見事にしてやられたと苦々しく思いながら、ジェームズは頭をかいた。
確かにハリーの言う通り、意表をつかれたという点に置いては、
ジェームズは完全に彼の策にハマったと言っていい。
普通なら仕返したいという気持ちが出てくるはずなのだが、
ジェームズは何故だかあっさりとハリーにしてやられたことを
受け止めることが出来た。
きっとジェームズは最初から、ハリーは自分たちにとって味方といえる
雰囲気があることを感じ取っていたからだろう。
ひょいっとジェームズが肩をすくめる横で、シリウスは怪しげな
目線を向ける。
「……アルフォード先生、まさか最初から私たちが悪戯するのを
予想していて、わざわざボガートなんて用意したんでしょうか?」
すると、ハリーは唖然としたような表情でシリウスを見た。
それはまるで、ありえないものでも見たかのような反応。
ハリーの表情に何事かとテッドやジェームズ、リーマスは2人を
交互に見やり、その場にいる全員の視線を受けてしまったシリウスは、
酷く居心地悪そうに眉をひそめる。
はっと我に返ったハリーは、今度は笑いを堪えるようにして口元に
手を当てた。
「い、いや、急にごめんね」
「……何ですか……?」
「こほん。……授業じゃない時には、僕に対して上辺の態度を取る
必要はないよ」
「!」
シリウスは思わず目を丸くし、ジェームズとリーマスは目を見張る。
悪戯仕掛け人であるシリウスは有名であるのだが、そうと知らない
人物に優等生然とした態度を取っていれば気づかれないということを
知っている。
だからこそ何も知らないはずのハリーが、シリウスの態度が
上辺だけであるとすぐに気づいたことに驚いた。
「ああ、もちろんジェームズ…くんも、隣の君もね」
一瞬だけジェームズに対して敬称が遅れたことには気づかず、
リーマスは瞬く。
「え……僕もですか?」
「そうだよ。ジェームズ君には名前を訊いたけど、2人の名前を
訊いても良いかな?」
「リーマス・ルーピンです」
「…………シリウス・ブラックだ」
さらりと答えたのはリーマスで、シリウスは眉をひそめたまま、
やや言いにくそうにしながら答える。
「リーマスくんとシリウスくんだね。これからよろしく」
微笑むハリーに、シリウスは先ほどのハリーよりも唖然とした顔をする。
ジェームズは驚き、ぱっとハリーの方に視線を戻す。
だがそれより先にハリーたちを静かに見守っていたテッドが、
そっとジェームズたちを壁際へと押し寄せて前に立った。
「アルフォード教授」
きりっとしている耳に慣れた声色に、ジェームズたちは息を呑む。
「……ああ、マクゴナガル先生。何か御用ですか?」
「確か貴方は次の時間から3年生の授業でしたね。一応学年ごとに、
どれほどのペースで授業を進行する予定なのか、事前にお聞きして
おかなければと思いまして」
「はい、分かりました。では教室でご説明します。テッド、僕は先に
教室へ向かうから」
「それでは、私は授業に必要なものを準備をしてから向かいます」
「頼むよ」
マクゴナガルもテッドの方を見ていたが、後ろに庇っている
ジェームズたちの姿は見えていないようだった。
テッドにひとつ頷いたハリーは、マクゴナガルと一緒にその場を後にした。
完全に2人の姿が見えなくなった所で、テッドはゆっくりと3人の
前からどく。
「危なかったですね?」
「えっと……ありがとうございます」
「いえいえ」
リーマスがお礼を言うと、テッドはくすりと微笑んだ。
ふと、リーマスはその微笑みに既視感を覚えるが、すぐに頭から
消え去ってしまった。
テッドは微笑んだまま続ける。
「ああ……さっきは言いそびれてしまいましたが、私に対しても
授業以外の時に敬語ではなくて構いませんからね。厳密に
言ってしまえば、私は“教授” という立場ではないですから」
「そうですか? でもテッド先生は……」
「いえ……私のは気にしないで下さい。何となくですから」
完璧な微笑みを浮かべているテッドではあるが、リーマスは何となく
それが複雑なものを帯びていることに気がついた。
「――テッド先生」
「何ですか?」
ぽつりと呼びかけたシリウスに、テッドは視線を移動する。
だがシリウスはテッドと目が合いそうになると、ぎこちなく逸らした。
「……アル……あー、ハリー先生って……もしかしてマグル出身?
何も、何も知らないのか……?」
それが何を意味しているのか。
テッドはいち早く理解し、またジェームズとリーマスも気がつく。
ゆっくりと首を振ったテッドは、諭すように言った。
「それは、私ではなく彼に訊いてみなさい。彼はきちんと、
答えてくれるでしょうから」
NEXT.