「――!」
廊下を歩いていたハリーは、ふと、つけられていることに気がついた。
ハリーはちらりと隣を歩くテッドを見やるが、テッドは何も
気がついていないようだった。
きっと学生の頃の自分は、気がつけはしなかっただろうと思う。
ハリーがこういう行為に過敏になったのは、最終学年の時に
ホグワーツの外にいた時から卒業したあとにかけてだ。
特に卒業後は、何としてもハリーの写真や言葉を得ようとする
パパラッチ集団が何度も追ってきていた。
相手側も魔法使いであるとはいえ、祭り上げられることに対して
酷く嫌な思いをしているといっても、まさか手荒な真似をして
逃げるというわけにはいかない。
だからこそハリーは、常にパパラッチに追われないよう周囲に
気を配り、また追われてもすばやく彼らを撒いて逃げる方法を
身につけるしかなかったのだ。
自分だけならまだしも、家族にまで迷惑をかけたくはない。
そんなハリーの心境を知る身近な友人たちは、パパラッチにそ知らぬ
フリをして助けてくれていた。
しかし、その者たちは今はいない。
「……テッド」
「はい?」
「3羽の子ウサギが、飛び跳ねているようだよ」
「!」
テッドは思わずといったように目を瞬かせながら、ハリーを見上げる。
ハリーは目を細めて微笑んでみせた。
「……落とし穴を掘る気なんでしょうか?」
「楽しそうだから、きっとね」
これはハリーとその妻、ハリーの親友夫婦たち、そしてテッドの間で
よく使われる比喩だ。
いつもならばウサギは “赤ウサギ” と表現されていて、学生の頃から
まったく変わらない赤髪の大人を示す。
そして “落とし穴” は彼のする悪戯を示していた。
けれど、ハリーが口にしたのは3羽の子ウサギ。
テッドはすぐさま、それが誰のことを示しているのか理解した。
「どうします?」
「さて……」
肩をすくめたハリーは、自分が持っていた箱を見下ろす。
「そうだね――。たまには僕たちが、ウサギより先に穴を掘って
みるかい?」
少し後ろに離れたガーゴイル像の陰に、ハリーをつけている
人物であるジェームズはいた。
前を歩いているハリーたちとは距離があるために、2人の会話は
ジェームズまでには届いてこない。
そっとジェームズは陰から顔を覗かせ、吹き抜けになっている
上空を見やった。
3階の手すりから、ひょいっと顔を出したのはシリウス。
大きく頷いてみせると、ゴーサインを出した。
にやりと楽しげに笑ったジェームズは、今度はリーマスが顔を
出してこないことを確認する。
今回はジェームズが実行役となり、シリウスは辺りに邪魔者が
入らないよう援護役に回り、リーマスは隠し通路に隠れ、前方の2人が
急に方向転換しないか注視役に回った。
そのリーマスがこちらへサインを送ってこないということは、
尾行に気づかれていないということだ。
ジェームズは、今が最高のタイミングだと感じる。
透明マントをまとい、足音を立てないように二人の背後へ近づいて
――廊下の角から急に現れた生徒に、ぶつかりそうになった。
たたらをふんだジェームズはさっと壁際に背を預け、顔を上げて
合図を間違えたシリウスを睨む。
驚いた顔をして見ていたシリウスは、眉をひそめて静かに首を横に
振ってみせた。
「(かなり目のいいシリウスが、気づいてなかったって……?
シリウスの位置からは死角なんてないはずなのに……)」
ジェームズは背後に気配を感じて振り向き、驚いた。
不機嫌な顔をして、ジェームズの方に向かって歩いてくるのは
まぎれもなくリリーだ。
まさに予想外の人物に、思わずジェームズはひやりと冷や汗が伝った。
リリーの不機嫌そうな顔は仲良くなる前から見慣れているものの、
今日は何だか嫌な予感がつきまとう。
「(……と、とはいえ、さすがにリリーでも僕の透明マントを
見破ることは、……っ!?)」
ぴたりと。
リリーはジェームズの目の前で立ち止まる。
まるで、目の前にいるジェームズを見据えるかのように。
「っ!?」
そしてリリーは怒りの表情から一転、にっこりと綺麗に微笑み――。
ジェームズに死の言葉を告げた。
がくり、と……その場に膝から崩れ落ちてしまったジェームズの肩から
マントが落ちて、通路にふわりとジェームズの姿が現れる。
ただごとではない事態に何ごとかと驚いたシリウスは浮遊の術を使って
3階の手すりから飛び降り、リーマスは別の隠し扉からジェームズの
元へと駆けつけた。
かたかたと震えているジェームズは、駆け寄ってきた2人に
思わずすがりついた。
「お、おい、ジェームズ!?」
「……あ……ああ……我が親友パッドフット、ムーニー。僕は……
僕はもう生きていけないみたいだよ……お別れだ……」
「はあ?」
「ちょっとジェームズ、リリーも。一体これは――」
顔を上げたリーマスは思わず息を呑んだ。
にこにこと笑顔で微笑んでいたリリーだったが、リーマスと目が
合った瞬間、ゆらりと姿を揺らめかせ、まるで収束するかのように
一点に集まり――銀白色の球体となった。
びくりと大きく肩を震わせて硬直したリーマスに気づいて、
シリウスも顔を上げようとする。
「リディクラス!」
しかし、凛とした声に遮られる。
銀白色の球体は中心から赤みを増して大きくなり、ぐにゃりと
バスケットボールへと姿を変えると床に落ちて数度バウンドする。
すかさず、テッドが抱えていた箱を開けてバスケットボールを
しっかりとしまいこんだ。
ジェームズたちがもう一度顔を上げると、悪戯の標的だったはずの
ハリーが腕を組んで悠々と目の前に立っていた。
NEXT.