青年は、ただ、じっと夕陽を眺めていた。
静かにひっそりと消えていく夕陽。
落ちる姿が、青年にはまさに自分自身のように見えていた。
ずっと重苦しく締めつけられていた胸の中が、ゆっくりと解かれていく。
ふと、いつからだろうと考える。
空と森を、城をも染めてしまう大きな夕陽。
とても素晴らしく綺麗で、宝物のように思っていた頃があった。
こんなに綺麗なものは他に知らないと。
それなのにいつしか、夕陽を目にするのが辛くなってきた。
綺麗だからこそ眩しすぎて、胸に痛みをもたらす。
ちっぽけな自分が焼き尽くされそうに思えてならない。
だからこそ消えゆく夕陽だけは、安心して眺めることが出来た。
あんなにも光に憧れて、大好きで、ずっと見ていたかったはずなのに。
光が強さを増していくことが恐ろしくなってしまうだなんて、
青年は思ってもみなかった。
「……ともだち……なのに……」
――青年にとっての光とは“仲間”だった。
孤独はひどく淋しく、苦しい。
けれど仲間といることも、苦しくなる。
いつでも弱いばかりの自分には辛くて、みじめで、妬ましくて。
それでも強い光を放つ仲間たちは憧れで、頼もしくて、大切で。
離れてみたくても離れられなくて。
ついに青年は、限界を知った。
眩しい夕陽よりも、夕闇の方が呼吸がしやすいことに気づいてしまった。
朝よりも眩しくなくて、夜よりも暗くはない、夕闇。
仲間といるような温かみはない。
けれど、仲間といるような冷たさはない場所。
本当は嫌で、行きたくないと、関わりたくないとさえ思っている。
青年は顔を歪めて胸を抑えた。
今では苦しくなれば、どうしてもそこに手を伸ばしてしまう。
夕闇でようやく息を整えて、こうして戻ってくるたびに、
夕闇を求めてしまう自分自身の弱さに打ちのめされてしまっても。
弱い自分を守る術はこうする他はない。
そうするしかなかった。
「長く外にいると、風邪を引いてしまいますよ」
後ろからかけられた声に、青年は大きく肩を震わせて振り向いた。
そこにいたのは穏やかに微笑んでいる、テッドだった。
青年は小さく息をついて頷く。
「は、はい」
「……何か考え事ですか? 邪魔をしてしまいましたね」
「いえ……そんなこと、は……」
青年としては、彼のことはそれほど苦手には思っていなかった。
授業の時もそうでない時も、常に穏やかな表情を保っていて、
言葉遣いも丁寧だ。
厳しい教師のように睨みつけなければ、苛立ちまぎれに怒鳴ることもない。
何となく、仲間の一人に似ているように思える。
その一人が見つからなくなった時、仲間たちは自分が見つけたと
思っているが、実際には彼が居場所を教えてくれたのだ。
しばらく見かけない時期が続いていたのだが、最近ではまた授業に
出てくるようになっている。
寮に帰るよう急かすでもなく、ただ言葉を待っていてくれるような態度。
青年は少しだけ、彼と話してみたくなった。
「あ、あの……せん、せいは……」
「授業中ではないから、テッドで構いませんよ?」
「……えっと、テッドさん……」
「何でしょうか」
静かにふわりと微笑むテッド。
「つ、強く……強くなるためには……どうしたら、いいですか?」
「強く……」
さすがに思いがけない質問だったのか、テッドは少し目を見開いた。
けれど青年の弱気ながらも真剣な声に気づいて、静かに頷く。
「それでは――私なりに思うことでもいいですか?」
「はい」
「人によって強さはそれぞれ変わってくると思いますが、私の場合は、
ただ信じることが出来る人がいることですね」
「信じることが、出来る……」
青年は言葉を繰り返す。
「きっと出来ることは少なくて、手助けなんて必要ないかもしれない。
それでも、信じてくれる人がいるから、信じることが出来る。
傍にいたいと思える。だから私は、頑張ることが出来ている」
遠くを見つめながらゆっくりと話すテッド。
視線を青年へと戻し、小さく苦笑した。
「強くなるために、特別なことはいらないと思います。変わらない、
変えたくない思いがひとつでもあれば」
「……い、いいんでしょうか……傍に……一緒にいたいって、き、
気持ちだけでも……?」
「いいと思いますよ。気持ちが先でも、行動が先でも、同じなら」
俯いていた青年はそっと顔を上げる。
じっとテッドを見つめたあと。
少しだけ泣きそうな表情で、ピーターは笑った。
「ありがとう、ございます」
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