青年が大広間に入った時には、すでに夕食の時間が始まっていた。
にぎわう場に到着したことに気がつき、仲間が手を振って青年に
声をかける。
「あ、ようやく来たね」
「こっちだ、こっち」
「みんな……」
青年は彼らの姿を見ると安心したように微笑む。
慌てて駆け寄ると、どうやら席と食事を用意していてくれたらしい。
空いた席につく青年に、向かいに座る女性が飲み物を手渡す。
「水で良かったかしら?」
「うん、ありがとう」
「教室に忘れたって羊皮紙、まだ捨てられてなかったか?」
「……大丈夫。床に落ちてたんだ」
水を一口飲み込んだあと、少年は小さく頷いた。
静かな嘘に痛んだ心には誰も気づかない。
気がつかないようにと祈る。
ふと、少年はテーブルの上の様子を見て瞬く。
来たばかりの自分の料理はともかく、仲間の料理が減っていない。
「ご……ごめん、もしかして待っててくれたの……?」
「別に?」
左隣に座る青年があっけらかんと否定する。
「今日は天文学もねぇし、急いで食うようなことないしな」
「そうそう。焦らずゆっくり食べようじゃないか」
斜め向かいに座る青年もそう笑った。
そして、談笑しながらそれぞれのペースで食事が始まる。
マッシュポテトを食べていると、右隣の青年がこっそりと言う。
「さっき、シリウスとジェームズはあんなこと言ってたけど……僕たち、
何となく今まで皆がそろってから食べてるでしょ?」
「そういえばそうかも……」
「ね? だから今日も“いつも通り”ってことだよ」
何故だかいつもより、意味深に見えるにっこりとした笑み。
それが、気にしなくていいと言外に言われているのだと思い至る。
青年もにっこりと笑って返した。
「――そうだね。“いつも通り”だね」
「おーい、ピーター? 聞いてるかーい?」
「えっ? えっと、なに?」
「グレイビーだよ。どれにするって」
「じゃあオニオンにしようかな」
談笑しながら仲間たちと食事をする、楽しそうな姿。
夕食に出て来なかったらどうしようかと思っていたテッドは、隣のハリーが
気がつかないように、ひっそりと安堵の息をついた。
ハリーはテッドの様子にまったく気づかない。
それどころか、そっとスリザリン寮のテーブルの方へと目を向けている。
手前から奥へ視線をざっと流してみるが、そこには少年の姿はない。
背を向けて走り去ったあと、少年はどこへ向かったのだろうかと考えてしまう。
ハリーはひっそりと溜息をついた。
そんな家族の姿に、子供たちが眉をひそめていた。
「兄さん……。父さんとテディ、どうしたんだろう?」
「アルお兄ちゃんもそう思う? やっぱりおかしいわよね」
「僕だって分からないさ。まあ、何かあったのは確かなんだろうけど」
ジムの言葉に、頷くアルとルーナ。
「2人が笑ってるとか怒ってるとかだったら、僕だって、何があったかって
考える余地はあるとは思うよ……」
「あの顔じゃあ、嬉しいのか怒ってるのか、悲しいのかも分からないわ」
「ルーナの言う通りだね。複雑な表情すぎる」
「本当にどうしたのかなあ……」
ほぼ同時に溜息をつく2人。
子供たちもそろって首を傾げた。
それは、大きな一歩ではなかった。
広い視野で見てみれば、ほんの微々たるものでしかない。
特に何かが変わるわけではなく、何かが変わったわけではない。
小さく小さく――ともすれば気づくこともないほど。
思い出すのは、塔の上で立ち尽くしていた姿。
誰にも気づかれたくないと、全てを拒絶するかのような無言の叫び。
耳を塞ぎ、目をそらし、心を閉ざしてしまっていた。
どこへも行けないように立ち止まったままの姿。
それは、決して大きな一歩ではなかった。
ある意味では後退かもしれない。
本人でさえも気がついていないかもしれない。
ただ真っ直ぐな幼さに驚く瞳も。
手を振り払って走り去る背も。
希望と絶望の狭間で揺れる心も。
彼らにとって、それは確かに前進だった。
NEXT.