揺れが収まったのを感じて、ハリーはゆっくりと目を開ける。
ハリーは自分の下に倒れているテッドを見やると、
身を起こして軽く揺さぶった。
「テディ、テディ」
「う……兄さん……?」
頭に手を添えつつ起き上がるテッドに、怪我はないようだった。
ほっと安堵したハリーは優しくテッドの肩を叩いた。
「大丈夫か、テディ?」
「……はい……いや、俺よりジェームズが……」
「――!?」
ふと、ハリーとテッドは瞠目する。
テッドが先に庇ったはずのジェームズがいない。
そして自分たちと一緒になって、咄嗟に両脇に飛びついてきた
アルバスとリリーもいない。
慌てて立ち上がったハリーの目に――それが映った。
息を呑んだハリーに気づいて、テッドはハリーの視線を追う。
片隅に置かれた一本の枝の上でゆったりと羽を休めている、
みすぼらしい一羽の鳥。
ガラガラに枯れているであろう声を上げるのも億劫なのか、
重そうに首を項垂れたままにしている。
「……まさか」
ハリーは信じられないという気持ちで呟き、部屋を見渡す。
さっと顔を強張らせて鳥に近づいていく。
様子のおかしいハリーのあとに、テッドは黙って従った。
――ボッ!
鳥を目の前にした瞬間。
いきなり鳥が炎に包み込まれ、驚くテッドはハリーの腕を掴む。
「に、兄さん、鳥が……っ!」
「……大丈夫だ」
「え?」
「あの鳥は大丈夫なんだ。ほら、よく見ててごらん」
慌てるテッドの肩を優しく叩いて、ハリーはゆっくりと首を振る。
その瞳には未だ戸惑いの色を含ませながら、テッドは鳥を見た。
炎に包まれていた鳥は、やがて全てが燃え尽きて枝の下へと
灰を積もらせた。
しかし、積もった灰が何やらもぞもぞと動いて、その中から
小さな小さな雛鳥の頭が飛び出る。
甲高くピィピィと鳴く声に、テッドは驚きの声を上げた。
「兄さん、もしかしてこの鳥って!」
「うん…この鳥は不死鳥だよ。 “燃焼日” と言って、死ぬ時が来ると
炎となって燃え上がり、灰の中から甦る。――でもありえない……
まさか燃焼日なんて……いくらなんでも時期が早すぎる……」
「兄さん、それって? というか、どうして兄さんの家に不死鳥が……」
テッドが怪訝そうに問う。
ハリーはじっとテッドを見やると、答えではなく別の言葉を口にする。
「テディ、部屋を見てみなさい」
「え、……はい」
促されて部屋を見渡したテッドの顔に、困惑の表情が広がる。
テッドは物置に突然不死鳥が現れたのかと思っていたのだが――
実際は、まったく違っていた。
物置はいつのまにか、円形状の広い部屋に変わっている。
色々な物が置かれ、音で満ち溢れ、壁に並ぶ額縁の中にはすやすやと
眠る様々な人物たち。
どこか懐かしげな色を瞳に浮かばせながら、ハリーは奥の棚に置かれた
古いとんがり帽子に目を止めた。
「に、兄さん! ここって――そんな!!」
「……ああ、テディは呼ばれて入ったことがあるって言ってたね」
「はい。一度だけですけど……」
ひとつ息を吸って、はっきりと父親は答えを示した。
「ここは、ホグワーツの校長室だよ」
「やっぱり……ホグワーツ!?」
テッドが愕然としたような声を上げる。
驚くのも無理はないだろう。
ホグワーツはハリーがとっくの昔に卒業していて、今はテッドを除く
ハリーの子供たちが通っている学校である。
また、そこが 『姿現し』 などの魔法は効かないと知っているのだから。
「何だか色々おかしいですが、でも……写真が――」
「……ああ、足りないね。一番……とても大切な人の写真が足りない」
ハリーは少し辛そうに眉をひそめ、壁のある位置に視線を向ける。
その場所には何も飾られた形跡がなく。
あるべき写真が存在しなかった。
――ガチャリ。
背後で扉の開く音がして、ハリーは振り向かずに反応する。
不安そうに一歩だけ近寄ってくるテッドを安心させるように、
ハリーはその頭を優しく撫でる。
「おやおや……見慣れないお客様じゃのう」
穏やかで柔らかな声。
それを聞いたハリーの瞳に、じわりと涙が浮かびそうになった。
しかし、それをぐっと堪えてハリーはゆっくりと振り向く。
校長室の扉の前に、半月眼鏡をかけて長い髭をベルトに挟む
1人の老人が立っていた。
ハリーの顔に思わず小さな笑みが浮かぶ。
戸惑いと懐かしさと、哀しみが混ざった複雑な笑み。
老人は、ハリーの笑みを見て不思議そうに青い瞳を瞬かせる。
「……どう……言ったらいいのか……。……初めまして、
そしてお久しぶりです、アルバス・ダンブルドア校長先生」
「……久しぶり……とは……?」
穏やかながらも訝しげに問うダンブルドア。
ハリーはしっかりと頷いてみせた。
「はい。僕はハリー・ポッターといいます。ホグワーツの卒業生で、
グリフィンドール寮生でした。この子はテッド・ルーピン。
僕と同じく、グリフィンドールの卒業生です」
「……ポッターとルーピン?」
ダンブルドアが少しだけ目を見開く。
その様子に、ハリーはあることに気がついた。
2人の苗字に反応したということは――ここはもしかしたら、と。
ハリーはぎゅっと拳を握った。
NEXT.